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相性



「相性が合う」というのはこういうことを言うのだろうなと思います。

キャシー女史の少年から:

親愛なるサットン女史:私の妻 /ミストレスと私は、ともにあなたのウェブサイトをとても楽しんでいます。 私たちは15年以上の間fem / dom 関係にあります。
高校を出た頃、私はバトンルージュ地域の多くの化学プラント会社の1つに働きに行きました。ところが、1984年に、大不況となり、私は仕事を解雇され、別な仕事に就くために学校に戻ることに決めました。

法律職の補助をする仕事でした。その頃たいていの法律家補助員は女性でした。しかし待遇も少し良くなり、男性もその仕事に入ってき始めていました。
卒業式が終わり、私は大きなニューオーリンズ法律事務所に仕事を見いだしました。 私が新人で、そして経験があまりありませんでしたから、私は若い1人の女性弁護士に割り当てられました。 彼女はちょうど法律学校を卒業したところで、そして私より10歳若かったです。
最初女性の上司を持っていることは奇妙に思われました。私が内気な性格であったのに対し、彼女は外向的で、そして攻撃的でした。私は自信に欠けている方でしたが、彼女は断固たる自信を持っていました。

彼女は私が少し緊張していいることに気づき、私をリラックスさせようとしました。
彼女はある時聞きました。女性の下で働くことを、私はどう感じているかと。
彼女は私に、彼女自身は男性の部下を持つのは好きであること、そして私たちは良い相性ではないかと感じるということを言いました。
私は上司として彼女を尊敬しました、そして彼女が私に指示したことは忠実に守りました。それは、彼女の机をきれいにしたり、彼女のコーヒーを淹れたりといった個人的なことや、お使いなども含みました。 私は一度もこのような自信に満ちた女性に接したことはありませんでした。そして、彼女を喜ばせるためにベストを尽くすと彼女に言いました。

次の数カ月にわたって、私たちは一緒にしっかりと働きました。 新しい弁護士として、彼女は多くの時間外労働に従事することを期待されました。 私はしばしば遅くまで彼女と一緒に残り、彼女の個人的な使いなどもしました。 私はここでたくさん仕事をしました。そして彼女はもっと私に仕事を与えました。

ある晩、私たちが共に夜遅くまで働いた後、彼女は私を、近くのレストランに夕食に誘いました。
私たちは夕食を食べながら、打ち解けた話をしました。
彼女は私に、仕事を持つ男と関係を持つことはいかに難しいことかを話しました。
彼女はちょうどある男性と別れたところでした。彼は彼女が仕事を辞めて、そして彼と一緒に家庭を持つことを望んだのです。
私は冗談半分に、もし彼女が私と付き合ったなら、彼女が仕事においてもそして家庭においても共に上司となるに違いない、そして彼女のキャリアが優先されるだろうと言いました。私たちは二人とも笑いました。しかし私は、彼女がそれに興味を持っているかもしれないと感じました。

数日後、私は彼女に、週末暇があるので、もしも私に手伝って欲しいことがあったら言ってくれれば私もうれしいということを言いました。 彼女は、私の申し出について考えた後で、して欲しいことがあると言いました。彼女は、彼女の高校の友人の結婚を祝ってやりたいと思っていたのでした。彼女は私に、アパートを掃除してもらえるかと尋ねました。 彼女はまた、祝賀パーティーのために、私が、飲み物とサンドウィッチを用意してくれるだろうかと尋ねました。 私はこの機会に飛びつきました。

その晩、私たちの関係は、上司と部下から、主人と下僕へと変わりました。 数週間後に、彼女は私に、彼女と一緒に住むために引っ越して来るよう言いました。
そして、私たちは結婚しました。
私たちはずっと愛し合っています。私たち二人のいずれもが、彼女がボスであるということを知っています。そして私たち二人とも、そんな関係が好きなのです。


彼女は寝室で、彼を縛ったり鞭を振るったりしているでしょうか?
していないかもしれないし、彼が内心それを望んでいるのに応えて彼を調教するようになっているかもしれません。
ひとつ言えるのは、はじめから相性ぴったりだったということですね。

夜遊びのお仕置き・・



ひさびさの体験談です。
ある妻が、夜遊びを続ける夫に頭に来て・・
というおはなしなのですが・・。


シーナFから:

エリス、私はあなたに私の夫と私が生活していたライフスタイルを紹介したいです。私は本当に FemDom が私たちにとって最も良い関係であると信じます。 私はとてもあなたのサイトが楽しみで、そしてあなたの洞察に助けられました。

私たちは二人ともが大学で運動選手でした。そして、20代前半で結婚しました。 私たちはすべての大学生たちのようにパーティーをよくしたものでした。しかし、私たちが結婚した後、彼はまだそれを続けていましたが、私はきっぱりとやめました。
私は彼に、夜遅くまでパーティーに出歩くのはやめて欲しいと頼み続けました。しかし彼はただそれを一笑に付しました。
私は大変彼を愛しています。そして私はなんとかしようと心に決めました。

彼が遅く帰ってきたある日、家に鍵が掛かっていて、入ることができませんでした。 私は朝、彼のキーチェーンから鍵をこっそり抜き取っておいたのです。 彼はドアをどんどんたたきました。しかし私は彼を入れることを拒否しました。
私はドアを開け、2つのスーツケースに彼の衣類を詰めて投げつけました。
彼は私が本気であったことを知り、謝って、そして、入れて欲しいと懇願しました。そして彼は「ぼくはどうすればいいんだい?」と、尋ねました。 私は、「もうこれ以上がまんができない。今後家庭では私の言う通りにすることを約束しなさい。さもなくば今すぐ離婚すします」と彼に言いました。
彼は同意する以外に選択を持っていませんでした。

私は彼に、今週末私がみっちりと「彼を仕込む」ので、この取り決めでやって行くと決めたなら、その場でその決意を示すよう言いました。 私は彼に真っ裸になって、そして後ろで手錠をつけるように言いました。 彼は拒否しようとしました、しかし私はまったく受け付けませんでした。

最終的に彼は同意しました、そして私は彼をソファーに連れて行きました。私は彼に教え諭し、そして彼には成長のために訓練が必要だと言いました。 私はひざの上に彼を引きずり上げて、そして、彼の尻全体を、熱く、そして赤くなるまで、平手打ちしました。彼はまだそれを受けて、耐えました。 彼は本当に恥ずかしそうでした。
私は彼に、私たちの結婚の利益のためにこうしなければならないのだと言いました。
私は木製の浴そうブラシを手に取り、彼にじっとしているよう言いました。そして、彼が決して忘れることのできない罰を与えました。 私は彼の尻の端から端までを攻撃し始めました。 彼は謝罪を叫んで、そして私にやめてくれるよう懇願しました。
彼はけったり、跳ねようとしましたが、私は足で彼を押さえつけました。 彼はお仕置きを受ける以外にはありませんでした。 私が叩くごとに、彼は泣き言を言って、そして大声で叫びました。
彼は結局されるがままになりました。
しばらくしたら、私は叩くのを緩めました。しかし彼はしばらくの間泣き続けました。 彼が泣きやんだら、彼は眠る時まで、部屋の隅に立たされました。 彼は手錠をつけたままソファーで眠りました。 彼は股間のものを大きく、固くさせていました。私は彼を喜ばせようとしたわけではなかったのですが。
私は、1人ベッドに行きました。 私はとても興奮してしまっていました。

彼の「週末の調教」では、彼は裸で私に命じられた家事をすべて行いました。時折、青黒くなった彼の尻は叩かれました。
毎晩、夕食の後に、彼は手錠をかけられ、そして、彼が涙ぐむまで、厳しいスパンキングを受けました。
それぞれのスパンキングの後に、私は彼をコーナーに立たせました。 コーナーで、私は彼に、私の願望に同意させるために、彼のコックとボールをたたきました。 私はまた彼の頬を張るのも非常に効果的であるのが分かりました。
コーナーの時間の後に、私は彼に口唇で私に奉仕させる訓練をし始めました。 週末の最後の夜、私は彼をいかせてやりました。しかし、それは私の決めた方法でです。 彼は手錠をはめたまま、私は彼のコックを撫でながら、彼に、自分が噴き出したものを食べたいと懇願させたのです。 用意ができた時、私は彼の足を頭の上に持って行き、彼の口を開かせて、その中に彼のものを発射させてやりました。
私は立ち上がる彼の顔の上に私の乳房をこすりつけました。そしてそこについたものもきれいに舐め取らせました。

それ以来彼は変わりました。 私たちは日24時間/週7日のドミナントの関係を持っているわけではありません。しかし、私が彼の名前を呼び捨てで呼ぶと、彼はやっていることをやめて、私に従います。
たとえ彼が完ぺきであったとしても、彼は1・2カ月1度は「メンテナンススパンキング」を受けます。 彼はその後で、本当にそのことに、感謝します。
彼は今の生活が好きだと言っています。 それは信頼関係の上で愛し合う関係になったということです。 私たちは常に同意するわけではありません。 私は彼のアドバイスに聞き耳をたてて、そして、もし私が適切であると思うなら、それを容れます。しかし、私がどう決定しようと、彼は私を信頼しているのでそれに従います。 これは彼の懲罰セッションのことも含みます。

私は今よりいっそうドミナントになることについての空想を持っています。
私は本物そっくりのストラップオンディルドーをつけ、彼に吸わせたいです。そして、縛り付けた彼の尻をレイプしたいです。
また、私の友人たちやと姉妹の前で、彼を打ってみたいと夢想します。 もしかしたら彼女らにも打たせてみるかもしれません。 最も変態的なのは、別の男の大きなコックを彼にしゃぶらせてみるというものです。でも、彼はそれをしないと思います・・・・

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こんなに急にFemDom関係に入っていくとは・・・すごいです。

機会



FemDomな関係が始まる機会はいろいろあると思います。
この体験談では偶然、印刷した夫のテキストを妻が見たことから。
いや、もしかして偶然ではにかも・・・

バーバラBから:

親愛なるサットン女史;私はまさか私が女性の支配についてあなたに手紙を書くことになろうとは夢にも思いませんでした、しかし私は今、書いています。
まず第一に、どうもありがとうございますとお礼を言いたいです。
Dominate 女性になることは多くの意味で私の生活と私の結婚を良い方に変えたことを報告させてください。
夫と私は結婚して30年以上になります。私たちは共に60代です。 彼は仕事で成功を収めていました。主として彼は支配的な性格でした。 私は一度も支配的であったことはありませんでした。そして支配的になることが、家庭生活で、また、寝室ですばらしいものをもたらすことを知るまでは。 私はずっと、清掃、料理、アイロンがけ、などをすべてやってきました。

ある日、私が掃除をしていた時、私は夫が前の晩、あなたのWeb サイトから、プリントしたいくつかの物語を発見しました。それは私に、夫が何年も前に、私に女性の支配を経験させようとしたことがあったのを思い出させました。私はそのことをもう一度考え直してみました。これは、彼にもっと家事を手伝わせる良い方法かもしれないと。
次の日、私は外出して、そして彼のためにフリル付きのエプロンを買い、そして、彼がこれからすべき家事のリストとともに、彼にそれを手渡しました。私は彼に、それが私が見つけることができた唯一のエプロンであったと言いました。
彼は、この突然のできごとにびっくりして、そして、少し文句を言いました。しかしそのあとで彼はエプロンを身につけて、そして彼の「女がやるような」家事仕事を始めました。

最初彼の仕事はそれほどよく出来てはいませんでした。そこで、私は彼に、満足な仕事ができなかったらお仕置きをすると言いました。彼がプリントした話に、罰することでより一生懸命働くようになるエピソードが書かれていたのを読んで知っていたのです。
物語の1つに、妻が彼女の夫にフリル付きのパンティと、短いメイド服を着させる話がありました。私もそれを試みてみようと思いました。
その次に、私が彼の仕事の落ち度を発見したとき、私は彼に衣装を与え、これからはそれを身につけるよう言い渡しました。 私はまた、彼に、私が金物屋で購入したスティックで、彼の pantyに包まれた尻を、必要なとき、必要な数だけ叩くであろうことも言いました。この時、再び彼は私に抗議しました。しかし私は新しいルールを強引に押し通しました。私はまた、彼への報酬として、彼が立派に仕事をしたときには、仕事を終えたあとで、私にマッサージを与え、そして同様に口で私を満足させることを許すと言いました。

私の夫は勃起に問題を持っていました。私たちは通常のセックスで問題を持っていたので、彼が私を満足させた後、可能なかぎり、彼に自慰をすることを許すことにしました。
この新しい支配の取り決めで、彼の心がはっきりと私に向いたことに気づきました。 彼は、少なくとも私に対しては、思いやり深くなり、細やかに気を使い、横柄なところがなくなりました。

しかしながら、私は、家から外に出ると彼がまだ横柄な態度を取ること、特に車を運転していて他のドライバーのことについて口汚くののしることがありました。
家の中で、彼の支配性を押さえ込むために、メイド服とパンティが有効であることを、なんとか外でも活用できないかと考えました。 そこで、最近、私たちが一緒に外出するときに、私は彼の衣類の下に、フリル付きのレースパンティ、ストッキングと、時にはブラさえ身につけさせます。 もし彼がひどい行いをしたなら、家に帰ったとき、私は彼が罰せられるであろうと言いました。

これらの追加のステップは素晴らしい効果を上げました。私たちが外出するとき、私はいつもリラックスできています。
彼の支配をもっと推し進めるために、私は彼のダウンロードした話をさらに読み、彼を貞操器具の中に閉じこめるアイディアを知りました。これをすると、私が不在の時でも、彼は私の必要を満たすことをもっと考えるようになるでしょう。 彼がこっそりとやっているであろうマスターベーションも阻止することができます。
今や、私が普通やっていた家事はほとんど彼が行っています。私は、書店、コーヒーショップ、映画などに行って、好きなことをして時間を過ごしています。

最後に、私は夫にストラップオンを使うことにすごく興奮させられていることに気付きました。
私は今ほど幸せであったことがありません。 あなたのウェブサイトの話を全部読んでしまったなんて信じられないでしょう。 ありがとうございます。


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この奥さん、実に夫をよく見ながら、夫のサブミッシブ欲求を満たしながら上手に支配を推し進めています。頭のいい人なんでしょうね。

30年前?・・・スゴイ



体験談ですけど、わりとよくあるFemDomな夫婦の話です。
FemDomのカップルで、女性の方が支配的役割を取るときは、たいていエリスサットンやレディミサトなどのウェブの情報に触れて女性支配のすばらしさを知り、その気になっている人が多いです。ムチやローソクのSMイメージでは、ほとんどの女性は気乗りしないらしいのです。
ところがこの夫婦の体験談は、30年前ということ。まだそんな情報はほとんどない頃でしょう。
進んでいたというか、自分たちの道を2人でしっかり切り開いたというか、とにかく頭が下がります。



キャロルMから:

私の subby はしばらくの間、あなたのサイトの無料のセクションを見ていました。 彼は私にそれを見せました。私はD / s結婚式に関する体験談に興味を持ちました。そして、私たちの約30年前の結婚式に関する手記を興味深く読んでもらえるかもしれないと思いました。 明らかに80代は、今ほどD / sは知られ、認められていませんでした。それにもかかわらず私たちの結婚式を非常に忘れ難いD / s経験にすることに成功しました。

最初は、若干バックグラウンドについて説明します。
私たちが結婚を決めるまで、私たちはすでに4年間同棲していました。
早くから、私は彼がストッキングとハイヒールのフェティッシュを持っていることに気づきました。
ある夜、私と彼と、特別親しいガールフレンドとでポーカーをして、彼が負けたとき、私は罰として、彼に服を脱がせました。そして、次に負けたならば私のパンティとブラ、それにガーターストッキングを着なければならないと決めました。
そしてついに私たちが彼にそれを着せることになったとき、彼はひどく興奮しました。

手短に話しましたが・・ 私はその後、彼にことある事にランジェリーを着るようにさせましたが、驚いたことに、彼は私の求めにほとんど従いました。
私はまもなく、彼が縛り付けられることが好きなことも知りました。 当然のように、私はどんどん強い女性になって、彼にいつもパンティとブラとストッキングを着用させるようになりました。 私は彼のオルガスムを制限し始めました。一方私のオルガスムは頻繁に得ました。これは彼を完全なる服従へとどんどん追い込んでいきました。このころ、Skin Twoなどの素晴らしいリソースを見いだしました。
私が彼に、今のように24時間/週7日の貞操器具を着けさせたのはそう昔ではありません。
私は彼をサラと名付け、家ではドレスとハイヒールで過ごさせま ある誕生日、私は彼にメイド服とたくさんのペチコート、それにかわいいエプロンをプレゼントしました。
彼の誕生日の楽しみに、特別に私のガールフレンド、ヘイゼルを呼んで、彼に仕えさせたことがあります。 私はバイセクシュアルで、女性と一緒に過ごすことも好きなのです。

私たちの結婚式の話しに戻しましょう。前日の晩、私とヘイゼルがベッドで愛し合う間、彼はベッドの下で、コルセット、ストッキングを着けて縛られていました。
朝、私たちは、私たちの重要な日のために、サラに服を着せました。 私たちの家族がレセプションに参加することになっていたので、私はよく注意しました。 それでも、彼はきつくペニスを押さえつける矯正帯にコルセット、ストッキング、それに豪華なフリルの付いたパンティを穿いていました。 私はそれをわからなくする白いブラウスを買っていました。そして彼にイタリアの羊毛のスーツを着るのを許しました。

彼の足は軽いブーツソックスと1足の低いかかとの女性用ローファーで隠されました。 彼は下に首輪を着け、チェーンを身につけ、 L'orealの香水 'Miss'を身につけました。 そうやって私たちは結婚しました。そしてレセプションは大変うまく行きました。
彼は、私たちのゲストの前で彼は、平気でフリル付きのエプロンを着ました。

その晩パーティがありました。 家族は呼ばず、私たちの友人たちだけの。
私は、私たちの普通とは違う関係を知らせてきたヘイゼルと数人のガールフレンドを呼んだのです。
その夜、私は彼に、黄褐色のパンツのスーツとベージュの3インチのかかとのサンダル、エプロンと首輪を身につけさせました。そして私は彼の顔に化粧して、そしてマニキュアを足指と指の爪に塗りました。彼は、ひざを曲げて会釈して、そして忠実なホストとして、一晩じゅう私たちのゲストに仕えました。

真夜中、私はサラに私たちの部屋に行くよう命じました。そしてそこには私たちのもっとも親しい3人のガールフレンドがいました。
私は彼に、彼の下着以外の衣類を脱いで、そしてみんなの前にひざまずかせました。
それから私は、古書字体スクリプトで羊皮紙に綴った文書を取り出しました。 私は彼に、声を出してすべて読ませました。それは、彼の服装に関する細かい規則、彼が服従において失敗したときに与えられるであろう処罰が記された、奴隷 / ミストレスの契約でした。
私は彼に、彼が私の夫であるだけではなく、私の奴隷となることに同意するかどうか尋ねました。
彼はイエスと言いました。

私は彼に、私がセックスフレンドを作り、連れてくることに同意するかどうか尋ねました。
彼は、再び、イエスと言いました。
最後に、私は、集まったこの証人の見守る中で契約書にサインするように言いました。
彼は 「はい、ミストレス。喜んで。」と言いました。
私は彼に私の足にキスすることを命じました。
そして、証人の前で私たちはサインすることになりました。 彼と私がサインした後で、私たちの証人は、書類に彼女らの名前をサインしました。私たちの結婚式はほとんど完全なものになりました。

最後の仕上げとして、私は柔らかい革むちを取り出して、そしてサラに、彼のパンティーを下げて、そして足首をつかむよう命じました。 ゲストが順番に10発ずつ彼の尻を鞭打ちました。そして、最後に3発、私が鞭打ちました。
サラは私の足下に倒れて、そして素晴らしい結婚式の1日、彼が世界中で最高に幸せな奴隷 / 夫になれたことを私に感謝し、熱心に(足に)キスをしました。

私たちはほとんど30年たって、まだこの上なく幸せです。今、彼をいつも着飾らせることができませんが、私はほとんどいつもストッキングとパンティーと貞節器具を着けさせています。
私は、男性と女性両方(たいていは女性)、何人かの恋人を持ちました。 私が、恋人とのセックスの後始末を彼の舌でさせる、究極のサブミッシブ行為でさえ、彼は取り乱さず、よくやっています。
これほど完璧な、そして幸せなサブミッシブの夫を持っている女性が何人いることでしょうか!


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逆転夫婦



夫を女の子にさせて、「妻」にしてしまっているミストレスの手記です。
妻を満足させなければならないという「義務」を感じているところがおもしろいです。


私の「妻の」のお気に入り体位

1年中、いろいろと雑多に忙しい日々の中でも、私たちは、月ごと、週ごとの親密な交流を持っています。それは食事や運動、個人の時間と同様に、私たちの心身をリフレッシュするのを助けてくれます。 ジェイの重要な変化も、私たちの結婚生活のルーチンを変化させることはありませんでした。
私は彼を女の子にし、私の必要と欲望に奉仕させたいと考えました。でも、それは同時に私がサブミッシブ妻を満足させる義務を負うことになりました。
ダイアンのブログを読みました。それは、私に、私自身の妻の必要に気を配ることについての重要性を思い出させました。

私の女の子が家で家事をする間、私は朝まで仕事で残業していました。
昨夜は彼女とすてきな時間を持つことができました。
若干の仕事を済ませ、ブログに短い書き込みをした後、私はタミーに仲良くするためにベッドに行くようにいいました。彼女が2階に来たとき、私は彼女にかわいい下着を着けてくるよう言いました。
彼女がベッドに上がる前に、私は彼女を私の前に立たせ、貞操ベルトの鍵を差し込み、キュートな小さいケージから彼女を解放し、手で弄びました。私はこういう時の彼女のうれしそうな顔が好きです。
私たちは情熱的なキスをしながら抱き合い、体を愛撫しました。私が彼女の体の上に乗りかかると、彼女は脚を私の体に絡めてきました。
「ファックされたい?」
私は尋ねました。
「されたいです。」
と彼女が静かに言いました。


彼女が 私のストラップオン装着の手伝いをしているときに、私は彼女にどんな体位でされたいか尋ねました。いつもはほとんど私が決めるのですが。
「私はあなたに上になって欲しいです。」
彼女は
「正常位。」
と、言いました。
「おおオーケー、おしめの体位ね」
と私が言うと、彼女は幾分困惑しました。
「同じものよ。私はこれからおしめ体位と呼ぶからね。」
と私は彼女に言いました。
私たちがメイクラブを始めたとき、この体位がいかに心地よく、エロチックであるか知りました。
仰向けになった彼女が脚を持ち上げ、大きく広げます。その様はとてもサブミッシブで、本当の女性のようです。彼女の目をのぞき込み、彼女の満足を感じることができるのは特別にすてきです。彼女の大きく開かれた脚の間には、ほとんど固くならないペニスが私の目の前に晒されています。まるでけなげに妻の責務を果たそうとする女性のようにかわいいです。
私が先週の土曜日の夜に彼女を襲った攻撃的なファックと異なり、このセッションはゆっくりで、そして官能的でした。彼女が経験したオルガスムは彼女の満足感の証拠でした。

昨夜、事務所の同僚とのパーティーに行きましたが、前の晩のことを思い出しては興奮してしまっていました。私は家に帰るのが待ち遠しくてなりませんでした。
私は「おしめ体位」をもっと頻繁にやろうと思います。 私は妻を満足させ続けなければならないのです。

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「正常位」は、サブミッシブ男性に人気が高いですよね。



彼女の「信念」



体験談です。今回も、セクシュアルな場面はまったくなしです。


Gettu Bから:

親愛なるエリス、私は1年以上も女性支配の生活を送っています。今まで生きてきた中で一番幸せです。 私は28歳です。
以前、私はひどい借金を抱えた状態で、あるガールフレンドと出会いました。
私は部屋を借りる金さえありませんでした。 私は仕事(グラフィック・デザイナー)でつまずいていました。ひどい状態でした。 私は週末にひどく酒を飲むようになりました。友達はみんなそんな私を心配していました。
私は住むべき場所を探さなければなりませんでしたが、ほとんど金がなくて、ひどく困っていました。 私は友人、サラを通して部屋を借りることができるようになりました。見いだすことに成功しました。しかし彼女は私に、それは彼女の友人、ティナの家で、短期間だと言いました。

私はパーティでかつて一度だけこの女性に会っていました。彼女が美しい女性だったことを覚えていました。しかし私は、彼女が本当のフェミニストで、意地悪な女性だということも耳にしていました。 私がティナと会ったとき、彼女は私に、部屋を貸すのはサラの頼みだからだと言いました。そして、私にとても安く部屋を貸す代わりに、守るべきことがあると言いました。 彼女は、私が友人たちを部屋に呼ばないこと、彼女のプライバシーを尊重すること、それに、家での仕事を手伝うことを条件として課しました。 彼女は私が自分で汚した部屋は必ずきれいにすること、選択は自分できちんとやることを必ず守るように厳しく言いました。 彼女は以前それで困ったことがあるということでした。

最初私は、彼女が生意気で、そして付き合いづらいと感じました。しかし私はほかに行く場所がありませんでした。結局彼女は私が思ったほど悪い人ではなかったし、だんだんうまくやれるようになりました。いつしか、相性がけっこういいのかもと思えるようになってきました。

最初の1ヶ月の間、私は本当に彼女を助ける努力をして、そして彼女の心証をよくするよう、彼女が頼んだ仕事以上に働きました。彼女も私がいることを好意的に感じているようでした。 彼女は私に、家に男がいてくれて、ものを修理したり、彼女を助けたりしてくれることがどれだけ助かるかということを言いました。
彼女は長時間外で働きます。
ある金曜日、私はさらに家をすべて掃除し、彼女のためにしゃれたディナーを用意しました。 彼女が家に帰って来たとき、彼女はものすごく幸せそうにして、そして私に、彼女が毎週金曜日にこのような夕食を食べることができたらどんなにいいだろうと思ったと言いました。
けれどもその後、彼女は奇妙なことを言いました。彼女は私に、こんないい子には、なにかご褒美を上げなければいけないということを言ったのです。彼女は私にキスをして、そして、もし私がこれを続けたなら、私をここにただで住まわせて、私のローン返済も助けてあげようと言いました。
私はこんなことを言われるとは思ってもみませんでした。私は本当に彼女に感謝しました。
その夜遅く、私たちは私のローンの返済見込みについて話し合いました。彼女は私の体験についてよく耳を傾けてくれました。 眠りにつく前に、彼女は私が彼女を助けるなら、彼女も喜んで私の返済に手を貸すだろうと言いました。
私はちょっとの飲み代ももらいました。私は本当に感謝して、彼女が求めることはなんでもしようと決めました。 彼女は私に、もし本当に私がそうするというなら不平不満は言わないように私に言いました。

私はその後しばらく、私自身のことをすべて、誰かに打ち明けてしまったことに、ちょっと恥ずかしさを感じたのを覚えています。
私はまた、私たちの間でなにかが食い違っているような気がしました。

彼女は初め、私にとても優しかったです。
初めのうちは穏やかだったのです。彼女は私に洗濯をして欲しいということをほのめかし、私が作った夕食をとても喜び、ほめてくれました。
けれどもまもなく、彼女は私に対する要求はきつい口調になり、強圧的にすらなってきました。 このままいったらどうなってしまうのだろうという疑問が、私の中で頭をもたげてきました。 私は仕事への熱意を失い、怠けるようになりました。 私は自身の仕事に時間を費やすようになりました。しかし、借金のことは心配でした。始めた仕事はなかなかうまくいかなかったのです。

ある夜、私が家に帰ったら、ティナは台所に立っていました。彼女はとても美しく見えました。そして彼女は私たちの夕食を作っていました。 私は、彼女が初めて料理を作ったので、本当に驚きました。
彼女は私に、今夜、じっくり話をする必要があると言いました。彼女は、私が今の状態に不満を持っていることを知っているし、それを変えたいのだと言いました。
私はこれからなにを切り出されるのか分からず、彼女にアパートから出て行くよう言われるのではないかと思いました。
夕食を食べながら、彼女は、今まで私にきつくしすぎたことを謝りました。そして、彼女は私のことが好きだからそうなってしまったのだと言いました。
彼女は、彼女自身のことについて語り出しました。 私にはまだ心の準備ができていませんでした。

彼女は私に心惹かれていきました。でも、私が彼女の考え、ものの見方について理解してくれるか自信がなかったので、私にそれを告白することをためらっていたのです。
彼女は、女性が男性に対して優越しているという強い信念を持っていました。しかし、彼女自身は必ずしもそういう関係を作れてはいなかったと言いました。
私は、彼女のこの信念に、そして彼女の私への思いがけない告白に、呆然としてしまっていました。ジョークなのではないかとも思いました。
彼女は彼女の哲学について話し、そして、彼女に完全に仕え、彼女を優越者として尊敬する男性とでなければ、決して一緒に生活することはできないと言いました。
彼女はさらに話を続けました。私はいい感じはしませんでしたが、ちょっとだけ興奮するのを感じました。 私はこういったことを前に聞いたことはありました。でも、それで自分が興奮するとは思ってもみませんでした。
彼女は、私が自分自身を喜んで彼女に捧げ、犠牲もいとわないというのでなければお互いの関係を維持するのは難しいと続けました。 もし私が彼女の条件を受け入れることができないのなら、私が引っ越して行くのが最良の選択だろうと言いました。 彼女は私に、月の終わりまでに決断するように言いました(残り4日間)。その後に、私は行かなければならないのでしょうか。
私はディナーテーブルを立ち、すぐにバーに行きました。私は迷い、どうしていいかわからなくなっていました。

4日間、私はそのことを考えるうちに、だんだん興奮してきていました。
初めのうんざりした気持ちから、それを切望している自分に変わってきていたのです。
私はしかし、自分の気持ちを素直に受け入れることができませんでした。 私たちは過去2カ月にわたって楽しい時を過ごしました。しかし私は彼女の私への強い思いと、同時に彼女の語った独特の信念の間で混乱し、どうしていいかわかりませんでした。 それは不思議な感じで、心のどこかは悪い冗談にすぎないのではと言っていました。

そして、あなたはもう結果を知っていますね。

私が彼女の条件に同意した後、私たちはすごく親密になりました。しかし多くのことは、すぐには始まりませんでした。
私たちはすぐにお仕置き、懲戒やBDSMなどのプレイには進展しませんでした。けれども私は、彼女がそれを望んでいることがわかっていました。そして彼女はじっくりと時間をかけてそれに私を追い込んでいくつもりでした。 彼女は家で、私を辱めるような小さな仕事を私に強要することから始めました。 私は次第に、もっと彼女に支配されることを望むようになりました。私はどんどんサブミッシブな役割に入っていきました。私がサブミッシブ(屈従的)になればなるほど、彼女はいっそうドミナント(支配的)になっていきました。

3カ月後、彼女は、私たちの関係を進めるべき時が来たと言いました。そして週末、私たちの関係の契約書に署名することに決まりました。彼女が作った条文に、私が無条件で署名することを求められたのです。

契約書は、私が、ミストレス・ティナの所有物であること、そしてこれからは彼女が私のことについてすべての決定をするということが記されていました。
私はすべて彼女に従わなければならないでしょう。
そして、彼女がそう決めたのであれば、どんな理由でも、どんな形でも、私は罰を受けねばなりません。
私はすべての法律上の権利を彼女に委譲し、そして金銭、不動産等はすべて彼女の所有となります。私の月給は彼女の口座に振り込まれることになります。
そしてまた、これからセックスは彼女のためのものであり、彼女の指示とコントロールに従って行われると書かれていました。
同時に私は貞操器具を装着し、彼女の完全な貞操支配を受けるということが記されていました。

私は契約書に署名しました。そしてその時から私は彼女のフルタイムの召使いになりました。
彼女は私のすべての借金を清算して、そして私に身の回りの世話をさせました。
彼女は私に仕事をやめさせて、そしてただ私に在宅で仕事をすることを許します。
私は彼女の同意を得なければ外出することすら許されません。

私の人生は、今までどの時期よりもすばらしいです。
今まで以上に愛情と思いやりを感じています。



けれども今、私はちょっと心配ごとがあります。
ティナは今、私たちの友人たちと、私の家族に、私たちのことについて知らせたいと言い出しています。
彼女の家族はすでに知っています。そして彼女は私たちについて彼女の母親にすべてを話しています。それについて、わたしはあまりうれしくはありません。
私たちが彼女の友人たちと一緒に外に行くとき、彼女は私に、人前で彼女をミストレスティナと呼ばせようとします。
私は、外で、みんなの前でこの関係を見せようとする彼女を止める方法はないものかと悩んでいます。なにかいい方法はないものでしょうか。



>私がサブミッシブ(屈従的)になればなるほど、彼女はいっそうドミナント(支配的)になっていきました。
愛情関係で結ばれているFemDomカップルでは、ほとんどの場合こういう相乗効果が生まれると思います。

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サブミッシブ




今回、久しぶりに訳したものを載せます。
実は、この体験談(正しくは、体験談を元に編集した物語)は、ずいぶん以前、Real Woman Don't Do Housework (RWDDH)のサイトで見つけたものです。その時は、特に興味を持ちませんでした。セクシュアルな場面が出てくるわけでもなく、ある夫が妻に自分の服従欲求を告白するというそれだけなのですから。
ところが、今、なぜかこの夫にひどく共感して、知らずに興奮している自分がいることに驚かされます。
エリス・サットンは、「心理こそが最高の性感帯」だと言っています。今はそれがすごくわかります。どういうプレイをするかという以前に、女性との力関係で、自分がひどく弱い立場にあると思うだけで興奮してしまいます。これがサブミッシブということなのでしょうね。


ボビーとラリー *

ボビーとラリーは7年間、普通の結婚生活を送っていました。
しかし、ボビーがtaeboエクササイズ(格闘技を取り入れたフィットネス)を始めたときから、なにかが変わり始めました。
ラリーは、ボビーがベッドの中で、前よりも積極的、能動的になり、また、普段も強い態度を取るようになってきたことに気付きました。もちろん、彼女がセックスに対して積極的になったことは、彼にとって楽しいことでした。彼は同時に、彼女の新しい自信ある態度に、自分自身の中に奇妙な新しい感情がこみ上げているのに気づきました。
彼の人生で初めて、なぜかはわからないけれど、彼女に屈し、服従したいという、抗いがたい衝動を感じたのです。 ごく普通に些細なことで彼女ともめたときでも、彼女に譲って、彼女の言うとおりにしたくなってしまうのでした。

ある日彼女が出張で不在の時に、彼は最近感じていた感情について知りたくて、Web を探索していました。 彼は 偶然、RWDDH ウェブサイトを見つけて、そして夢中になって見てしまいました。彼は家事に関する部分についてはともかくとして、彼はすぐに、これが彼の切望していた関係だということを悟りました。
彼は、生活のすべての局面で彼の妻に服従することを望みました。

彼は彼の感情を説明し、ウェブサイトを彼女に見せて、彼自身が彼女に服従することを申し出る長い e-mail をボビーにあてて書きました。 彼女が不在の間に、彼は家をきれいにしようという申し出さえしました。

夜、ボビーがホテルで e-mail を受け取って、読んでいるうちに、彼女はわくわくしました。
taeboを始めてから、彼女自身も同様に、今までにない不思議な気持ちを経験していたのです。彼女の人生で、彼女は初めての力強い感じを味わっていました。彼女は今まで、結婚生活を壊さないよう気を使いながら彼女自身を表現しようと努力していました。
彼女が RWDDH ウェブサイトへのリンクを見たとき、彼女は興味をそそられました。
ここには、彼女が彼女自身を表現することができる方法がありました。 ラリーも同様に彼女の変化を感じ、そしてすでにそれを受け入れていたことが、彼女をいっそう興奮させました。
今まで彼女は彼に家事を分担させることも考えました。でも、実際は、分担といっても彼女がやることになりがちでした。 彼女はもっと彼にやって欲しかったのですが、試みはむなしく終わっていました。でも、今回はちがうと思いました。

彼女は家に電話をしました。
ラリーは
「ハロー」
と応えました。
「ハイ、ラリー、ボビーよ」
と彼女が言いました。
「あなたの e-mail を受け取ったわ。」
数秒の沈黙がありました。そしてラリーは、構えたように、
「変に思わないで欲しいんだ。 ぼくはちょっとへんな気を起こしたのかもしれない。」
「そんなことないわ」
とボビーが答えました。
「読んでいて、本当に感動的だったわ。 でも、あなたはいつも本気だとは限らないから・・ あなた、本気でそう考えたの?」
再び、ラリーは少し言葉に詰まりました。
「ほんとうに、ただそう考えただけなんだ・・」。
「そう、私はとてもすてきな考えだと思ったわ」
「本当にそう思った?」
ラリーは期待で震え出しました。
「本当よ。 実際、私も最近、今までとはなにか違ったものを感じていたの。あなたの考えを2人で一緒に探求してみる価値があると思うわ。」
そして、ボビーは彼女の最も威厳ある声で言いました。
「私はあなたの申し出を受けるわ。
私はあなたに家をきれいに掃除してもらいたいの。そしてすべて皿を洗って、洗濯物を片づけておいてちょうだい。 私が帰ったとき、ちゃんとできていたら、しばらく2人きりで過ごしましょう。」
「はい、奥様!」
とラリーがちょっとおどけながら、喜びと少し恐れも入り交じった声で答えました。
「私は明日空港に到着するから、車で迎えに来てちょうだい。 あなたは私のフライトスケジュールを持っているわよね。 私は今回は送迎は必要ないと秘書に言っておくわ。 オーケー?」
と彼女が尋ねました。
「オーケー」
と彼が答えました。
「私は明日あなたを車で迎えに行きます。それまでに家をきれいにしておきます。 ああ神様、うまくいきすぎてこわいくらいです!」
「すぐに冷たいシャワーを浴びて、そして家を掃除し始めなさい」
とボビーが言いました。
「そしてラリー、もう1つ、あなたの引き出しの中にあるポルノ雑誌と、わたしたちのコンピュータにあるそういうたぐいの画像もすべて処分しておきなさい。あなたにはもう必要ないでしょう。」
ラリーはすこしたじろぎました。
「はい、奥様。」
「おやすみ、愛してるわ。」
と彼女が言いました。
「愛しています」
とラリーが答えました。

その夜、彼女はラリーのことを想像して、なかなか眠れませんでした。帰ったら、ラリーは家事に忙しくはたらくようになるのでしょう。 想像は、彼女をわくわくさせました。
彼女は、これはもしかしたらただの一時的なものなのかとも考えました。
しかし、そうではないと思い直しました。実は今までずっと感じていたものように思えました。そうなるのが自然なことに思われました。 それは正しいことだと感じました。

彼女は家庭の長としての自分を、しっかりと確立したいと思いました。
彼女はすでにラリーよりも多くの賃金を得ています。彼のコンサルティングの仕事は、彼女のキャリアをしのぐほどに成功してはいません。彼らの引退後の生活を保証するのは彼女のストックオプションでしょう。 家の支払いも彼女の収入によるものでした。
ならば、家計はすべて彼女が決定するべきではありませんか? ラリーはそれを認めるでしょうか? 彼女は再びログオンして、 RWDDH ウェブサイトを再び読んで、そして彼を説得することができるであろうことを確信しました。
実際、彼は、フルタイムとはいえない雇用なので、彼女の専業主夫にさせてしまう方がいいのではないですか? 彼は家をほとんど離れることなしに、家事をしながら時間を作って、コンサルティングのビジネスを続けることもできます。

彼女は座って、そして彼女がこれから変えていきたいことのリストを作りました。 彼女は今、主導権を握っています。
すべては変わろうとしていました。


おそらくほとんどの人は、おもしろくもなんともないでしょう?

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あこがれますが・・



よだれが出るような体験談です。


エリス、私はインターネットで、他の女性支配的なカップルを捜し求めました。私はいくつか個人的な広告も出しました。そしていくつかの連絡をもらいました。その詳細も話せばおもしろいかもしれません。
最終的に、私はそう遠くないところに住んでいるカップルを見つけました。 まあ、私たちはこのカップルと一緒に本当にいい関係になりました。そして私たちは彼女らとすばらしい友情で結ばれました。
私と新しい女性の友人は、共に日常的に女性支配の生活を送っています。 私たちはe-mailによってコミュニケートするか、あるいはほとんど毎日電話をかけます。
数週間前に、私たちはラスベガスでこのカップルと一緒に休暇を過ごすことができました。私たちは今までのどのカップルと過ごしたよりも楽し日々を過ごしました。私たちは4泊5日の旅行をしました。少し私たちの冒険についてあなたに話そうと思います。

私たちはずっと夫たちを支配し続けました。
私たちは、まず空港で、彼らに私たちの手荷物を持たせました。
なにをするか、なにを食べるか、すべて私たちで決めました。
夜、私たちはレザーのドレスに身を包み、踊りに出かけ、ショーも見に行きました。 多くの男たちの視線が私たちに釘付けになりました。もちろん、私たちの夫は、私たちの後ろについて歩かなければなりませんでした。そして彼らは、私たちの許しがあったとき以外は、話をすることを許されませんでした。

あと、私たちの部屋の中で楽しいプライベートな時間を過ごしました。
私たちはお互いの前で、自分の夫を支配して、そして辱めました。これはとても面白かったです。私の友人の承認を得ていないので、私は詳しく述べることは差し控えます。しかし私は、私たちの「プレー」がときどき非常に激しくなり、そしてときどき「セクシュアルなもになった」とだけ言っておきます。
私は、嫉妬で友情が壊れかねないほどのきわどいことをするつもりはありません。 しかしながら、私たちは、お互い相手の夫に口唇奉仕をさせ、それを自分の夫に見せつけました。 それは私たち全員にとって、とてもエロチックでエキサイティングでした。
ある夜、私たちは夫たちを入浴させ、女性の服を着せ、そして外に連れ出しました。それは本当にエキサイティングで、そして官能的でした。
私はそれ以外のことはお知らせしませんが、どうぞ想像してください。 私たちがしたほとんどは、夫たちへの支配と辱めでした。
これは本当の話です。



あこがれちゃいますね。こういう体験は。
複数のミストレスが、お互い見ている前で自分の夫を辱めるっていうのは、興奮しますね。でも、実際うちの場合はまだまだFemDomにはほど遠いですから、夢の夢といったところでしょうか。
あと、FemDomカップルが交流するというのは、お互い秘密を共有することになるので、リスクがとても大きいと思います。多くのFemDomカップルは、周囲にはそのことはわからないようにしているでしょうから。
でも、いいですね!
20120301 11

1つの典型




よくあるFemDom夫婦の体験談です。
1つの典型みたいだなと感じました。
詳しくは終わりで。

シェリルTから:

親愛なるエリス、あなたの素晴らしいサイトに敬意と感謝を表します。それは男性たちと、好奇心が強い支配的女性にとって、非常に貴重なリソースです。また、それは約10年前、夫を私の奴隷にする決断をするために、重要な役割を果たしました。

多くの女性たちの場合のように、女性の支配のテーマを持ち出したのは、夫の方でした。私はそんなことを言い出す彼の気持ちがわかりませんでした。また、支配されることをどうして望むのか理解できませんでした。しかし、優しく思いやり深い彼が言ったことなので、私は広い心で受け入れました。
そして私は、自身の新奇な気持ちで、それを知りたくなりました。
彼は私にあなたのサイトを見せました。
私は週末、長い時間、いろいろなカップルの体験談を読みました。私は、これらの人々がとても幸せそうで、また、けんかや口論もないということに深く感銘を受けました。
また、Q&Aのセクションは私が持っていた質問の多くに答えてくれました。

私はジョンにあなたのプロシージャーを注文させました。そして、行った告白セッションは、驚くべき発見がありました。
私は乗馬鞭を持ち、彼に彼のファンタジーの詳細を語らせました。そして、彼にひざまずかせ、私のヒールを舐めさせながら、私にどうされたいのかをきちんと言わせました。
私は彼が言ったことのいくつかには少し驚きました。しかし私は彼をひざまずかせ、鞭打つことにとても興奮しました。そのあとで、私は心いくまで彼に奉仕させました。
私は彼にオルガスムを持つことを許しませんでした。彼が不平を言ったとき、私は正直に言って気にもかけませんでした。
私は彼に再びひざまずくよう命じ、そして私のアナルに奉仕させました。 それは私が今までに経験した中で最高のセックスでした。
私は彼を私のセックス奴隷にすることに決定しました。

次の日、私がストラップオンを購入しに出かけるとき、彼も連れて行きました。これは私の1つのファンタジーでした。
その夜私は家でそれを装着し、そして彼自身に、使ってくれるよう何度も懇願させました。
私は彼に私のナイティを着させました。そして私は彼がさらにいっそうサブミッシブになったことに気付きました。
私は彼をからかって、そしていじめました。それから最後に私は彼を「やり」ました。それは素晴らしかったです。
私は彼が私のものになったことがわかりました。彼は私を抱き寄せながら、繰り返し何度も私に感謝しました。
翌朝私は目を覚ましました。そして彼はベッドで私にコーヒーを供しました!

寝室の外では、我々はもっと伝統的なカップルでした。彼はとても優しい男でしたが、彼は私が家事をして、彼の食事を用意するべきだという典型的な男性の態度を取りました。
しかし、私は私自身が変わってきているのを感じました。もしあなたが一度でも彼をひざまずかせ、あなたのくつをなめさせたなら、あなたは彼がもう怖くなくなるはずです。
ある夜、私が食事を作ったあとの食器を彼に洗うよう求めたことで口論になったあと、私は前々から考えていたことを実行に移す決心をしました。
次の日、私は「征服」の準備のために1日を費やしました。
ジョンが家に帰って来たとき、私はセクシーな衣装を着ていました。私は彼に寝室に入るよう命じました。彼は喜んで従いました。私はそれから彼の手首と足首に枷をつけ、その日の午後にクロゼット入り口に取り付けておいたフックに固定しました。もはや彼は無力な状態でした。
私はケインを取り出し、そして彼に、これは昨夜、私と口論したことを罰するための最初の罰セッションになると言いました。 私は、彼が緊張し、そして困惑しているのがわかりました。完全に。同時に彼はとても興奮していました。最初の数回の打擲で、彼は私が本気で、そして、彼のファンタジーを満たすようなものではないことを理解しました。
彼の勃起はなくなっていました。

彼をむちで打ちながら、私はとても冷静な口調で、これが新しい生活の始まりだと告げました。
彼は今や、私の奴隷であり、所有物でした。そして私は完全な服従を求めました。彼が泣いて、そして慈悲を請うほど、むちで打つことが楽しくなりました。
彼がむちで打たれることが楽しくないと言ったとき、私は、「そんなことは関係ない。私が楽しいからやるのだから、それに慣れるようにしなさい。」と、彼に言いました。
私はその通りにするつもりでした。そして私はほんの少しも罪悪感を感じませんでした。
私が自分の言うべきことをすべて言ったと思ったので、私は彼を解放しました。 彼はすぐにひざまずき、私の足とくつにキスして、そしてなめ始めました。

数分後、私は彼に下がるよう命じました。 私は彼に、ブラ、ガーターベルトとストッキングとハイヒールを手渡しました。私はまだ私の手にケインを持っていました。だから彼は拒否することをあえてしませんでした。
彼が服を着たら、私は彼に首輪をはめ、そして、私が彼に何をさせたいか言いながら、革ひもを引いて別な部屋へ彼を引っ張っていきました。
私はそれから最初の家事労働、私のパンティーの手洗いを命じました。彼は文句を言わずそれをしました。
次の日、私はフレンチメイドの服を注文しました。2日後にそれは到着しました。そして私はパッケージを開いた数秒後にもうそれを彼に着せました。

10年後の今は、彼は6着のメイド服を持っています。私は彼のトレーニングを楽しんで続けています。
彼は私がどれほど本気で彼を完全なメイドにしようとしているかを理解しました。 彼は彼の衣装を完璧に着こなし、私が教え込んだとおりに歩かなくてはならないことを知っています。毎日彼は彼が行なった家事を紙に書き込みます。そして毎週日曜日に、私は彼の仕事をよく調べて、そして彼を懲戒します。彼が彼のメイド服を着ていないときは、彼はセクシーなランジェリー、またはコルセットを着けています。私は、彼をfeminizing(女性化)させることは彼をとても従順にさせること、そしてそれが私自身興奮させることに気づきました。

私は彼の家事労働を監督しながら本を読んで過ごす時間にとても満足しています。
私は私の力のデモンストレーションとして彼を辱めることを好みます。そして、それは私たちのセックスライフを新鮮なものにします。
最近私は彼にランジェリー店に電話をさせました。もしミストレスが同伴するならsissy に服を試着することを許すかどうか尋ねさせました。私はずいぶんたくさんの人が承諾してくれたことに驚きました。私は、別な女性の前で、彼にランジェリーを着けるモデルをやらせることを楽しみます。

私は本当に私たちが最後に口論をしたのはいつのことか思い出せないくらいです。
私は、私のガールフレンドたちの羨望の的です。私は隠された詳細までは話していませんが、それでも彼が家事のすべてをして、私の爪の世話までしていることは知っています。
彼は、彼のファンタジーのためでなく、私が関係を決めていくのだということを納得するのにいくらか時間はかかりました。しかし、今、私たちはその段階を超え、はるかに先まで進んでいます。もし私が10年前にあなたのサイトを見ていなかったなら、私たちはこの道を進んでいたかどうかわかりません。 私は今よりも良い人生があるとは思えません。私たちは2人とも、男性は女性に仕えるために存在するのだと信じています。


典型的といえるのは次のような点です。
○FemDom関係を提案したのは夫の方であること。
○妻がWEBで、FemDom関係の情報に触れ、それを理解したこと。
○初めはFemDom関係は、ベッドの中だけで、やがてそれが日常生活に拡大されていったこと。
○夫と妻の望む関係、プレイに食い違いがあり、一致しないこと。
○時間の経過と共に、妻の意志が優先され、夫はそれに合わせるようになること。
○夫婦の親密度が増し、より強い絆で結ばれるようになったこと。

この妻は、この体験談の中で、
>彼が不平を言ったとき、私は正直に言って気にもかけませんでした。
>彼がむちで打たれることが楽しくないと言ったとき、私は、「そんなことは関係ない。私が楽しいからやるのだから、それに慣れるようにしなさい。」と、彼に言いました。
>彼は、彼のファンタジーのためでなく、私が関係を決めていくのだということを納得するのにいくらか時間はかかりました。
といったことを書いています。夫の気持ち、希望などはとことん無視しています。
しかし、実は、そうされることに夫が興奮していることを感じているのでしょうね。夫を喜ばせたいという気持ちを心の底には強く持っているように感じられます。
それに、中途半端なFemDom関係は、女性にとって心地よくない場合が多いようです。
100パーセント絶対服従じゃないと、どこか不安で落ち着かないのだと思います。
やっぱり体力的には、女性はか弱いものですから。
Domainatrix-Humiliates-Masochist.jpg

トライアングル



ひっさびさの体験談です。
妻と、妻の恋人(女性)、そして夫の3人
理想的なトライアングルなのではないかな。
ちょっとうらやましい。
とはいえ、責め自体はかなり過激です。



エドワードTから:

親愛なるサットン女史、あなたのサイトは素晴らしいです!
これは私の妻、ミストレスデビーと彼女の新しい女性の恋人、ブルックについての本当の話です。

私たちが結婚してから、デビーは、よく私を寝取られ男にしました。時々私を鎖でつなぎ、彼女が新しい男とデートして、そして愛し合い、その晩私を私たちのウォーターベッドに大の字に縛り付けました。時々彼女は私にすべてを話しますが、話さないときもありました。彼女がブルックという名前の新しいガールフレンドを持ってから、彼女は男と一緒にデートすることはなくなりました。そしてデビーは、徐々に彼女に私の支配をさせるようになりました。

先日 、デビー はブルックがとても性的に興奮しているので彼女に会いに行くといいました。
彼女は行く前に、私のコックにCB2000 を装着しました。
2人は共に看護婦です。そして彼女たちは、愛し合うとき、お互いが最大限のオルガスムを与え合うことを楽しみます。
ブルックは、デビー が私を(貞操装置に)閉じ込めたことが愉快だと伝えるために、私に電話をしてきました。彼女は私に、彼女が私の妻の陰核をなめていたと言って、そして私にどう感じたか尋ねました。 私は彼女に、考えるだけで興奮してきたこと、そして私のコックが勃起しようとして、貞操器具の中で痛んでいると言いました。私のうめくの声を電話で聞いて、彼女は笑いました。
彼女は私に、どれぐらい辛いのか聞きました。私は彼女に、少しだけ傷ついてしまったと言いました。
彼女は私に、彼女たちが舌、バイブレーターとシャワーマッサージを使ってプッシーを刺激し合っていると言いました。そして2人とも何度もオルガスムを味わっていると言いました。
私は(妻が)ボーイフレンドと一緒よりも、ブルックと 愛し合っているときの方が嫉妬を感じます。そして、ブルックはどんどん私に対して支配的になってきています。

ブルックは時々私たちの家に来ます。そして彼女たちはその晩、私をガレージの犬の檻の中に閉じこめて鍵をかけます。家の中のテレビで私の様子を監視できるよう、デビーはカメラをセットしました。 ブルックはそれを「スレイブカム」と呼びます。
彼女たちが一晩中愛し合うときは、私はずっと閉じこめられたままになります。時々それは永久に私がケージに閉じ込められる時のように思われます、それらが愛が終夜にしていることを知ること。 私が小さいケージの中で、気がおかしくなりそうなときもあります。

デビーはブルックに、私に対していろいろなことをさせます。そして私はいつもそれが楽しみであると白状しないわけにはいきません。
最もひどいのは、彼女が私の尻にブルホイップで鞭打ったあと、向きを変えさせ、固くなったコックにまで鞭打ったことです。 私は私の尻に大きい赤いみみず腫れを作りました。そして私のコックは、何日もの間、痛みました。

もう1つの忘れ難い出来事は、私たちがある夜熱い風呂に入ったとき、ブルックは私の上にしゃがんで、そして私の顔の上に小便をしたことです。私は、顔一面に降り注いだそれを、できる限り飲みました。 暖かくて、そして甘い味がしました。

もう1つのひどい出来事は、ブルックが帽子のピンを見つけて、それで私のコックの筒を6回も刺したことです。 私は彼女のすることをじっと動かずに耐えていたら、彼女は私のコックに平手打ちを喰らわしました。 デビーがカメラを持ってきて、何枚も写真を撮りました。そして私は深いサブ - スペースに入りました。

昨夜ブルックがやって来て、そして私は飲み物を用意し、もてなしていると、彼女は デビー に、大きいプラグを私の尻の中に挿入しておくように言いいました。彼女は後でガレージに私を連れて行き、3つの小さいゴムボールを私の尻に入れました。それらは今朝もまだ中に入っています。そして私は歩くたびにそれらが、私の中で動くのを感じます。

私は時々しっと問題を処理するのにてこずりますが、時が経つにつれて順応してきました。
ブルックと デビー は近々、またラスベガスに行きます一方私は家に留まって、そしてその間じゅう貞操器具に閉じこめられたままになります。

私は私を相手にしてくれる2人のミストレスがいることを幸せに思います。そして、彼女らにどんなひどいことをされるのかわくわくしています。 彼女たちの責めははとても創造的で、ゆっくりではありますが、私はよりサブミッシブになってきています。

私は今ブルックが私のために作った毎日の仕事のリストを持っています。そして彼女は時々、よく働いた私に報酬を与えてくれるでしょう。
ブルックは素晴らしい教師、そしてFemDomです。そして私は、彼女と私の美しい妻のデビーにとって、模範的な生徒で、そして奴隷でありたいと思っています。
私はデビーを深く愛しています。そして、今ブルックとも恋に落ちていると思います。 私は幸運な男です。

59_jpg.jpg個人的には、妻の恋人が男性だったら全然興奮できないなと思います。一気に醒めてしまうような。その方が興奮する人も多いようですが。
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kaisub

Author:kaisub
既婚のサブミッシブ(M)男性です。

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