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フェミニズムの帝国



ネットの古本販売で、かねてから読みたいと思っていた「フェミニズムの帝国」(村上基著 早川書房)を購入し、読みました。もうご存じの方も多いと思いますが、今回はこの本について。
内容はネタバレですのでこれから読むという方はお気をつけて。
まずストーリーですが、ホームページ「ようこの本棚」に素晴らしいあらすじ要約がありましたので、それをお借りします。

二十世紀末から二十一世紀初めにかけては、人類は大量の核兵器を保有し、同時に世界各地で武力紛争が頻発していて、まかり間違うと人類が滅亡しかねない情勢だった。エイズが蔓延し、人類は別の存亡の危機に立たされた。ワクチンが開発されたが、それは女性にしか効かない欠陥ワクチンであった。男女のありかたがかわって、女性の社会進出が進み始めた。生産力、資源、財産など物質的なものに価値が置かれた時代から、愛情という精神的、情緒的なものに価値が置かれるようになった時代に移行していった。この移行は、一応の物質的豊かさが実現し、人々が精神的に成熟したことで達成された。
 そして、価値観の変化に伴って男女の役割が交代した。男性は、愛情の源泉たる家庭で中心的役割を担うことになり、一方女性は、妊娠・授乳期に休職するだけで、あとは家計のささえ手として外で働くことになった。その当時から、女性は平和的なものと思われていたから、もうしばらくこのままの状態が続けば世界は完全に平和になるだろうという判断のもと、完全なワクチンの開発を遅らせようという動きが出てきた。そして、ねらい通りに世界平和が実現したが、二十二世紀の末には、理想を忘れ、ただ女性優位社会の維持だけを目的とするものになってしまっていた。
女性はワクチンによって免疫になっているが、女性と性交することはエイズに感染する危険をはらんでいた。性的にも男性は、弱者となり立場を入れ替えていた。

木下いさぎ、24才の男性。国際総合医学研究所に勤め結婚適齢期を迎え焦っていた。あるとき、レイプに会いそうになったところを氷上というメンズ・リブ運動をしている男に助けられ、この運動に傾倒してゆく。いさぎは、メンズ・リブ運動の組織の中で真理子という男らしい女(現代の女らしい女)と知りあい、200年前の男性ようなの男らしさ(現代の男らしさ)に目覚めてゆく。いざぎは、”男の魅力”を利用して男性社会の復権を目指し、研究所の武田部長や密かにあこがれている高倉所長に近づき、研究所で極秘に進められているLH計画の秘密を探ろうとするが……。


この方、ストーリーの要約がお上手ですね。
あらすじでもおわかりのように、完全な女性上位、女尊男卑の未来社会が舞台ですので、その辺の描写を読むと、私のようなサブミッシブ男はそれだけで大いに興奮してきてしまいます。一昔、二昔前の男性と女性の関係がそのままひっくり返ったような社会だと思えばいいでしょう。そんな場面の抜粋をまた上記のページよりお借りしてみます。

右隣の女は、三十歳前後のひじょうに肉感的な女で、いさぎの苦手なタイプだった。腰は黒いタイトスカートがはち切れんばかりに張り、両の乳房は重力の法則を無視するように、薄いピンクのブラウスをもち上げてまっすぐ前方へ突き出している。顔は、目鼻の造作がやけに大ぶりで、肌は脂ぎっている。鼻から鼻毛が派手にはみ出している。その女が、車内の込みぐあいに比して、どう考えても不自然にくっついてくるのだ。右肘でつっぱっていると、その肘に乳房を押しつけてくる。相手に背中を向けると、体を重ねてくる。
そのうち困ったことに、股間のものが硬くなってきた。前に座っている女に気づかれないよう、いさぎはショルダーバッグを体の前に回した。大き目のショルダーバッグを愛用しているのは、こういう効用もあるからだ。 
だが、右隣の女は、バッグで見えなくなったのをいいことに、手をいさぎの腿から、そして硬くなったものへと這わしてきた。いさぎは怒りで全身が熱くなる。声を立てていやらしい行為をあばき立ててやろうかと思うが、決断がつかない。いさぎは前に見たことがある。やはり電車の中で、若い男が女の手をつかみ、声を上げたところ、女がいい返したのだ。お前だって、おっ立ててるじゃないか。
周りの女たちからひわいな笑い声を浴びせられて、男は真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。今のいさぎも、怒りで頭に血が昇っているのに、下のほうにもさらに血が集中しているのだった。


社会の中での男性の弱い立場がよく描かれています。興奮すると勃起させてしまうということ自体を辱められているのがいいです。
もう一つ、男性がレイプされている場面です。

ビルの裏側の非常階段の下だった。三人の女がうずくまってなにかしている。
「ズボンは全部脱がせないの。そう、そこまで。そうすれば暴れられないでしょ」
「こわがらせちゃだめよ。やさしくするのがこつなんだから。あんたももうちょっと力をゆるめて。さ、やってごらん」
ごそごそと一人が動く。
「こんなのでいいの?」
「そう、その調子。もっと動きに変化をつけて」
それからしばらく沈黙。
「ほらね」
「こんなに」
「もっと大きくなるわよ」
「ほんとだ。すごい」
くすくす笑い。
「簡単でしょ。男なんて、すました顔してても、みんなこんなもんよ」
「最初はわたしだからね」
男が一人、押さえ込まれていた。三人がかりでレイプしようというのだ。


こんなセックスがらみの場面、それに、女性上司にどやしつけられたり侮蔑的な扱いを受けたりといった場面もふんだんにあり、読んでいて引き込まれてしまいます。
しかし、物語の中途あたりからメンズリブ運動、それに男性たちが徐々に荒々しくなり女性社会を切り崩していく展開に、だんだん興ざめしてきました。とは言え、こんなにFemDomな世界を描いた小説は家畜人ヤプー以来でしょう。読む価値大いにありです。
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私はサブミッシブとして、この本を大いに楽しみました。しかし、そんな自分を離れて、いくつかの点についてちょっと(?)な部分もありました。
まず、なんといっても未来社会の設定の仕方にどうも無理があるのです。完全な男女逆転社会ができあがるプロセスとして、不自然さを感じるのです。
作者の村田基氏は自身のブログで、フェミニズム運動が、「セックス」と「ジェンダー」の関係を適切に関係づけることができなかったと書いています。セックスは生物学的な性、ジェンダーは社会的に作られた性役割と区別されますが、ジェンダーばかりを重要な要素として見てきたという指摘です。氏の意見に全く同意見ですが、残念ながらこの小説にもその傾向が見られるのです。
変形エイズが男性を性的に弱い立場にし、消極的態度に追い込み、性的関係の逆転を招いたとあるのですが、それは考えにくいです。男性は生物としてセックスへの欲求は女性よりも強いです。だからこそ男性への貞操器具による責めが有効なのです。性的に消極的になるとは思えません。男はやりたいのです。だから、危険ならば手コキなどの風俗が大繁盛するでしょうし、コンドームが必需品になる、それだけでしょう。
それから、男は家でおとなしくするものとして育てられるために体力でも女性にかなわなくなるという想定もあり得ないです。子供を育てたことのある人、特に経験豊かな女性の多くは、小さい頃から男の子の方が多動で活発な傾向を持っていることを言います。あるお母さんは、「男の子は痛い!」なんて表現していました。この年齢まで「男の子らしくしなさい」「女の子はおとなしくしなさい」などと言って育てるわけはありません。そう育てられるからという以前に男の子は活発に動き回る性質を生得的に持っているのです。
体格についてもそうです。男性の方が全体として体格が大きく、筋肉量が多いのは生物としての事実ですから、自然に力で女性を凌駕してしまうのが自然でしょう。体格的優位は必然的に心理的優位にもつながります。
また、妊娠、出産は女性を肉体的にも心理的にも弱くて保護を必要とする立場にします。これがある限り、この世界のような形での女性優位の社会は難しいのではないでしょうか。
男性と女性のホルモンが体の外見ばかりでなく、精神的にも影響を与えているということも軽視しているのではないかと感じました。
これらをクリアする想定が何かが必要だったと思うのです。残念ながら、変形エイズではそれがクリアできていません。
それに、登場する女性の言葉遣いやスカートといった服装が今と変わっていないのがちょっと違和感です。
作者は男性-闘争的で進歩的、女性-平和的で調和的だが停滞する といったの本質的な違いといったものも意識しているようでした。その見方はある意味的を射ていますが、「それだけでは・・・」という物足りなさも感じます。
ちなみに作者は全くFemDomとは無縁のようで、また私のような者とは視点が違うとも感じました。

何はともあれ、私としてはとても楽しく読みました。またこんな小説が世に出てくれるといいなと思いました。

ブログ



先日、「マゾヒストに花束を」のhomerさんよりいただいたコメントの中で、一番古いリンクになったと言っていただきました。ちょっとびっくりです。このブログ「ちょっぴりFemDom」は、旧ブログ時代を合わせるともうすぐ10年になります。「ひっそり、細々と」をモットーに、結果的にずいぶん続けてきたもんだと思います。

だいたいのFemDom関係のブログは、新しくできたとき、2~3日おき、熱心なものはほとんど毎日更新されています。それが、残念なことに、4割ぐらいは半年ぐらいまでに更新が途絶えてしまいます。そして、2,3年ぐらいの間にはだいたい4分の3ぐらいのブログは休止状態になっています。これは日本だけでなく、あちらのブログも同様のことのようです。刺激的な画像を毎日たくさん載せていたブログが、ある日パタッと更新を止めてしまい、それっきり放置状態というものがたくさんあります。このブログのリンクは、半分ぐらい更新を続けているようなので、けっこう優秀(?)な方かもしれません。(笑)

私個人のことを言うならば、初めてブログを始めたときは、やはり2.3日で新しい記事を書いて更新していました。それがだんだん少なくなって、今では月に1~2回です。
ブログを始める時って、自分から他の人に発信したいことがいっぱいあって、そもそもだからブログを始めるのです。そのたまっていたものを一度出してしまうと、こんどは新しい記事を書くのがけっこう大変になってきます。だって、今まで心の中で言いたい言いたいと思ってきたことは一通り言ってしまったのですから。それに、しばらくブログの記事を書き続けていくと、同じようなことを繰り返すのがだんだんおっくうになってくるのです。自分の中で新鮮味が失われてしまうのですね。たぶんこれは、FemDomに限ったことではないのでしょう。どんなカテゴリーのブログでも、結局は同じ事なのだと思います。
更新が途絶えてしまったブログも、消えてしまうことなくweb上に残ります。たまに、「いいのかなあ」なんて思うこともありますが、考えてみると、別に場所を取るものでもないのでどうということはないのでしょう。

まあ、何はともあれ、しばらくは細々と続けていこうと思います。

ワンスアポンアタイム

最近、海外ドラマ「ワンスアポンアタイム」にはまっています。
NHKのBS3でやっています。
内容は、複雑で一言では説明できませんが、おとぎ話の主人公や登場人物たちが、悪の女王の呪いの魔力によって、現代のアメリカのある町に、記憶を失ったまま集められてしまうというストーリーです。白雪姫、ピノキオ、シンデレラ、ヘンゼルとグレーテル、その他いろいろ出てくるのですが、みんな別の名前で普通の市民として生活しています。赤ずきんが超セクシーガールなのには大笑いしてしまいました。
元は悪の女王で、現代では市長として権力を握るレジーナに、「呪いを解ける唯一の人物」である白雪姫の娘、保安官のエマが挑んでいくという形でストーリーは進行していきます。
ここからが本題。
このドラマ、すごくFemDomのにおいをさせた女性が2人登場します。それも全く対照的なタイプの女性が。
1人目は市長のレジーナ。
元の姿は悪い女王。黒を身にまとい、ちょっときつめのアイラインを引いて、美しい中にも邪悪な雰囲気を漂わせています。
男の心を残酷に弄び、じわじわと苦しめながら、ひざまずかせ、支配していく、そんなまさに女王様というイメージにぴったりです。(ラナ・パーリアという女優さんが演じてます)
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もう一人は、レジーナに対峙するエマ。(ジェニファー・モリソン)
こちらはレジーナのような残忍なにおいは全然しません。たくましく健康的。とにかく強い女性です。
相手が誰であろうと遠慮することなく、自分を主張し、果敢に行動します。
実に堂々としていて、しばしば不敵な態度で相手を圧倒します。
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この2人を見るのが、サブミッシブとしてはちょっとわくわくします。
いわゆる「女王様」のイメージはレジーナの方ですが、よく体験談で出てくる、夫を圧倒して従わせてしまう妻はエマの方ですね。
私の好みとしては、エマのタイプかな。
ドラマのストーリーとは別に、ちょっと妄想しながら見るのもまた楽しいです。



再開



Pretty Domina 再開しました。
思うところあって体験談以外はすべてカットしました。
今の日本のSMの世界で夫婦、カップルのFemDomを考えるといったスタンスはきわめて少数派です。
自分の考え、自分のやっていることに自信があるわけではないし、きわめて個人的な狭い体験とテキストによる間接的な情報がすべてなのです。以前のようにマニュアル的に作ろうとしていたのがひどくおこがましく感じられていやになったというところでしょうか。
「まあ、こういう例があるようなので参考になるならどうぞ」という程度にとどめようと思いました。
興味のある方はご覧ください。

http://marinesub.web.fc2.com/


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年の初めに



 2013年の初めですが、まずはこのブログのスタンス、ポリシーみたいなことを自分なりに確認してみたいと思います。今まで、そしてこれからを整理してみる意味で。

 このブログはSM(サディズムマゾヒズム)あるいはD/s(支配と服従)のセクシュアルな関係、その中でも女性が上位、男性が下位の関係のみをテーマとしたブログです。Female Domination、略してFemDomと呼ばれます。
 FemDomをテーマとしたブログの中でも、SMクラブなどの風俗、AVなどの話題はあまり扱いません。(ただし、画像はプレイ場面のものもかなりあります)現実のカップル、夫婦関係におけるFemDomに関する考察や体験談などを記事としてアップしていきます。
 特に探求したいテーマは、普通のカップル、夫婦関係の中で、女性をいかにFemDomの世界に誘うか、それにもう一つ、社会的にも経済的にも普通の夫婦関係を維持する中で、いかにFemDomを楽しむかといったことです。
 「妄想」よりも「現実」といったところでしょうか。
 女性に責められることにあこがれていながらも、実際には奥さんとは普通のセックスしかできないとか、奥さんに言い出せなかったりとか、あるいは恋人時代はうまくいってたのに結婚してからぜんぜんうまく行かないといった人はけっこういるのではないかと思います。かくいう私も未だに思い通りに行っているとは言いがたく、試行錯誤の真っ最中です。夫婦、カップルでのFemDomは、簡単なようでなかなか難しい、無理なようでもけっこう可能性もあったりして・・・そんなものなのではないかと思います。

 このブログでは、どちらかというとプレイそのものよりも支配/服従という関係性に焦点をしぼっています。翻訳記事は、そういったものに関するのがほとんどです。
 また、画像も紹介しています。主にあちらのサイトからいただいた画像、その中でも個人的に何か感じるもののあったものを紹介しています。
 私の知る限りでは、こういう「現実」スタンスでやっているFemDomブログは比較的少ないのかなあと思います。
 いつまで続けるかはわかりませんが、しばらくは、こういったスタンスで続けていこうと思います。こういうFemDom記事に興味のある方は今年も見てください。
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Pretty Domina



 Pretty Dominaという女性向けのサイトをやっています。実は、最近このサイトを閉めようかと思ってます。「明るくてファッショナブルなドミナへの誘い」というコンセプトで作ったのですが、最近「これって何か違う」と感じるのです。
 女性はボンテ-ジのファッションやちょっとしたノリでFemDomの世界に足を踏み入れるかもしれません。でも、それって結局、最終的にうまくいかないんじゃないかって思うのです。
 SMクラブの女王様と客が仲良くなって結婚したっていう話を聞きます。あり得ることです。でも、結婚したら家事やら日常のもろもろに流されて、奥さんはすっかり普通の主婦、すっかりSMなしの夫婦になってしまい、がっかりという例を聞きました。それでもいいという人はもちろんそれでもいいでしょう。でも、カップルでSM、夫婦でSMというのを指向している人にとっては残念です。
 どうしてそうなってしまうのか
 それは、互いに「プレイ」ばかりに目がいっているからではないでしょうか。プレイは寝室の中で、一時的には楽しいかもしれないけれど、ともに生活するパートナーであれば、それは生活のほんの一部にすぎません。日々の生活で忙しかったり疲れていたりしたら、女性はプレイなんてしたいとは思いません。「旦那いじめてストレス解消すれば?」と思うのは男の発想です。
 一般に、女性は男性がイメージしているほどセックスを欲しません。それなりに楽しむかもしれませんが、プレイで純粋にサディスティックな喜びに浸っているという女性は少ないです。大部分のドミナは、加虐に興奮すると言うよりは、愛するパートナーを喜ばせているという充足感から喜びと充足感を得ています。「相手に尽くしたい気持ち」という言い方をしてもいいかもしれません。そんな気持ちは少しでも余裕があって生まれてくるものです。日々の生活に追われる中では自然消滅してしまうものです。子どもができるとこの傾向はさらに顕著になります。残念ながら、我々男と違って、女性は性的満足抜きでもけっこう平気なのです。
 食事が終わるとゴロンとなってビールを飲みつつテレビを見る・・・そんな旦那が夜ベッドの中で「女王様責めてください」なんて言っても「私疲れてるの、もう寝るわ」と言われるのがオチです。    
 奥さんにしてみれば、「散々ふんぞり返ってるくせに、責めてくださいもないもんだ」という気持ちでしょう。
 SMプレイが日常の関係と何らかの形でつながっていなければ、やっぱりプレイだけでは成り立たない・・・そう思うのです。
 FemDomカップルは、うまくやっていくためには、適切な関係作りが不可欠です。
 その関係の作り方もっと目を向けていくことが重要だと思います。

 そう思うと、「Pretty Domina」は、見ていてちょっと空しい気がしてきます・・・

ヘア



最近、ちょっと好みが変わってきたことがあります。女性のあそこのヘアに関してです。
以前は、絶対に「パイパン」が好きでした。べつに女性器がモロ見えするからというわけではありません。女性の股間のラインがはっきり見えるのは美しいです。それが好きでした。
だから、あそこのヘアはじゃまだと思っていたのです。
しかし、ミストレスの股間が無毛なのを見ると、ちょっと違和感を感じるのです。
毛がツルツルに剃られている股間より、うっそうとしたヘアに覆われている股間の方が、ワイルドな感じがします。
無毛の股間はなにか無防備な感じがしてしまうのです。
だから、逆に男性のツルツルに剃られた性器は、まるで子供のそれのようで、弱くて滑稽に見えます。
無毛の男性器が女性の手で弄ばれる図は、それだけでマゾヒスティックな気持ちをそそられます。

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ヘアはそれだけで「パワー」を持つもののようですね。
でも、そもそもプレイ場面では、男は全裸にされても、ミストレスは自分の裸は晒さないのが基本でしょう。もっとも、口唇奉仕させるときは、どうしてもパンティを脱ぐことになってしまうでしょうけど。

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恋愛と同じ?

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私の仕事の同じ部署に、あまり好きになれない人がいます。
私よりちょっと若い独身の女性です。
仕事はできるのですが、どうも自分勝手です。勝ち気で、自分の意見を無理矢理でも通そうとします。何しろ気が強いです。
自尊心が強くて、他人に遠慮をしません。もちろん本人なりに気を遣っている場面もあるのはわかりますが、少なくとも周りの人は遠慮のない人だとみんな思っています。
はっきり言って、「傲慢」です。しばしば他人を見下したような態度を取ります。

ふと思いました。
この人の性格って、「ミストレス的?」
勝ち気で攻撃的な女性、こんな性格の女性が、しばしば体験談の中にも出てくるぞ!
だとしたら、私はこの人に魅力を感じているだろうか?
この人の前で犬のようにひれ伏し、命令されたいだろうか?
この人に足蹴にされ、むち打たれたいだろうか?

私の結論は
「否」
です。

攻撃的な女性はすてきです。勝ち気な性格ならそれに圧倒されてみたいという気持ちもあります。でも、それは絶対的なものではありません。
そのベースにある何か、それが重要な気がするのです。
たとえるなら、どんなに美しい女性でも、性格が合わなかったら本当に愛することができないようなものです。

ミストレスと奴隷の関係は、加虐と被虐、支配と服従という関係で成り立ちます。
でも、、そのベースとして、恋愛とはイコールではないとしても、相手を好ましく思い、相手の本質に共感する気持ちを持ち、そして、相手を満たし、喜ばせたいという気持ちが湧くということが絶対条件なのではないでしょうか。

残念ながら、私は彼女を人間的に尊敬できません。コアな部分に何か重要なものが欠落しているような感じがしてなりません。もしも私が彼女にサブミッシブとして仕えたとしたら、それは私が彼女の「勝ち気で攻撃的」という性格の一面を単に利用したにすぎないということなのでしょう。

こう考えてみると、形態は全然違うけど、D/sと恋愛は、本質的に同じものなのかもしれないと感じてしまいます。


「Love and Secret」更新しました。ほぼ全面リニューアル。
「Pretty Domina」に改題しました。

さびしいこと

- + - 00000 alicemalice_sm19

常々寂しいなあと感じる事があります。
FemDom系のブログの閉鎖がなんとも多い事です。
旧ブログのリンクをたどってみたら、3分の2が閉鎖、あるいは1年以上も更新がない状態でした。

ここで1つ気づく事
ブログがスタートして、早いペースで活発に更新しているブログほど、いつの間にか更新が止まったり、閉鎖してしまうというケースが多い事です。
もちろんすべてじゃありません。そうじゃないブログもあります。
これは、実は日本だけじゃなくて、あちらのブログも同様です。

張り切って書きすぎちゃって、ネタが尽きちゃうのかな?
あるいはもしかしたら、あるいは、心の中で密かにたまってたエネルギーをブログに書いちゃったら、満足してやる気なくなっちゃうのかな?

新規開店もたくさんあるから、バランスとれてるといえばそうも言えますが、やっぱりさびしいですよね。
そういえば去年の今頃、こういう私もブログを閉じようかどうしようか迷ってたんですが・・・

サブミッシブ

- + 0000 XPL PSTD

最近、自分の中で、ちょっと変化を感じています。
前よりも、サブミッシブとしての性質が大きくなってきたように思うのです。

先日、妻と、東京にショッピングに行きました。妻のネックレスを買う約束をしていたのです。妻はあっちこっちいろいろと店をまわりたがりました。私はずっとそれに従って一緒に店をまわりました。
「やっぱり前の店に戻りたいんだけど。」
と言われても、快くその通りにしました。
欲しかったアクセサリーを買うので、妻もうれしくて気分がよかったのか、
「あの公園行ってみようよ。」
とか、
「韓国料理が食べたいな。」
とか、いつになく、積極的です。
その日はほとんど妻のリードに従っている1日でした。

不思議に自分の中で、ほんわかいい気分でした。なにやらロマンチックな気分で・・
リードされている自分に、ほんのちょっとだけ興奮している気がしました。
日常の生活の中で、こんな風に感じるのは今までなかったのではないだろうか?と思いました。
今までは、そんな気持ちになるのは寝室の中だけで、日常生活では切り替わっていたはずです。
「従っている」
その感覚だけで楽しめる。これが「サブミッシブ」というものなのでしょうか。
だとしたら、自分はサブミッシブの世界に一歩を踏み出したのかも。

最近ではよく家事仕事を言われてやっています。
プレイの主従関係の中じゃなくて、ふつうの関係では、やっぱり皿洗いや掃除をするのはめんどくさいし、煩わしいです。でも、妻に言われたことをやらなければいけないんだと思うと、「従っている自分」「支配されている自分」に、ちょっとだけ感じるものがあります。
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kaisub

Author:kaisub
既婚のサブミッシブ(M)男性です。

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