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24/7はつらいよ



24/7の関係で、妻にお仕えしているある夫の手記の、ごく一部を抜粋しました。
ミストレスの身勝手に振り回され、命令され、服従するのはサブミッシブ夫の喜びです。でも、実際に生活をしていく中では、「そりゃあないだろ」と言いたくなる場面もたくさん出てくると思います。うらやましくもあり、実際には困るだろうなとも思う体験談です。

このミストレスは、奴隷である夫の意志を無視し、自分のいとこに同居を許しました。また、犬を飼うことに決めました。この時は、自分で世話をするということを言って飼い始めました。
それから2週間ほど経ってからの手記です。


私は外に出で犬にえさを与えて戻ってきました。私の妻は、犬を飼い始めると言い出したとき、世話は自分ですると言ったはずです。でも、実際は99パーセント私がしています。そのことをいまいましく思いながら、私は皿を洗っていました。
妻は彼女のいとこと一緒に家に戻ったところで、台所の中に歩いて入って来たところでした。
私は、彼女の動物の世話を結局は私が見なければならないことについて、言葉やわらかに抗議しました。 すると、妻は私の後ろに歩いてきて、そして、後ろから私の睾丸をギュッとつかみ、
「あら、ほんとうに?」
と、すごみのある声で言いました。
私はなおも、私がまじめに言っているんだとということをわかってもらうよう、抗議を続けました。彼女の握りはどんどん強くなり、さらにもう一方の手の指で私をきつくつねりました。 彼女は、私の態度が気に入らないというと、さらに握る手に力を入れました。私は、「い・・・いたい・・・!」といって、思わずひざを折りました。そして、
「ごめんなさい、私が悪かったです。」
と叫びました。
驚いたことに、妻のいとこが隣りの部屋から
「気をつけた方がいいわよ。けがさせられるわよ。」
と言いました。 彼女はクスクス笑い、そして妻も一緒に笑い出しました。
私の顔は、ひどく叩かれたように真っ赤になりました。ひどく辱められたような気持ちでした。

力ずくに屈服するというのには興奮するんですけどね・・・

引っ張ってるのはどっち?

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けっこう深いレベルでFemDomしているカップルの体験談です。
FemDomでは、カップルのどちらかが、相手をより深いレベルに引っぱっていくものだと思います。このカップルの場合は、明らかに夫の方が妻を深みに誘っています。でも、いつの間にか妻の方が深いところまでいってしまって、逆に夫を引っ張るかもしれません。


 私は今まで、私のサブミッシブ夫、ケンを5年間訓練していました。
 私が私たちの関係を新しいレベルの女性支配に進める決断をしたのは2年前でした。 私はケンに、はっきりと、私たちの支配/服従の関係を規定する奴隷契約書を作るよう指示しました。
 いくつかの草案の後に、ケンは最終的に私たち二人ともが生活で実践することができる案を作り出しました。 契約では、家事、洗濯、食料雑貨の買い物と料理を、ケンが自発的に引き受けるということになりました。私にとって最も重要なことは、彼のオルガスムが私のものであるということに同意することでした。
 私は契約の最後の2つの項目が私たちの関係をよく表していると思います。

「私はミストレスマーシャが、いつ、そしてどのように私のオルガスムを得るか決定するという条件に同意します。私はミストレスマーシャの認知あるいは彼女の許可なしで、決してイクことはしないことを約束します。 私の体すべてはミストレスマーシャのものです。そして私は彼女がすることすべてを信頼します。私はミストレスマーシャがいつ、どこで、そしてどのようにイクかを決定することが、女性支配においては最良のことだと信じます。 下の私のサインで、私は今からずっと、あなたが作ったきまり、それにあなたの要求を受け入れ、そしてそれに従うことに同意します。 私はあなたの喜びのために、喜んで私の肉体と精神をあなた、ミストレスマーシャに差し上げます。何よりも、私はあなたへの献身と努力と思いやりをもって、愛の崇高さであなたを驚かせるつもりです。」

 私たちは週末に、契約の調印を祝うために、北の地方のロマンチックなキャビンを選びました。 キャビンには、私たちが調印式のために使う古風な机がありました。私は美しい青いドレスと黒いハイヒールのブーツを身につけていました。 ケンはもちろん裸で、私の前にひざまずいていました。 私たち二人とも書類に署名しました。そしてそのあと、私はケンへのちょっとしたサプライズを用意していました。私がいつでもよくやってきたのは、身体への懲戒です。私はキャビンで、彼を厳しく打ち据えることが必要だと心に決めていました。キャビンの中に優雅な黒い革ひざ布団がありました。 私は後ろで手錠を掛けて、そして彼をひざ布団の上にうずくまらせました。ケンはすでに、私のために乗馬のクロップを購入していました。
 私はゆっくり、ソフトなタップでスタートして、そして次第に強めていきました。彼を打つごとに、力が入っていきました。最終的に私は彼に、いかに私が本気であるか、わからせるべき時だと思いました。私は思い描いていたよりもはるかに強く、ケンをむちで打ちました。クロップは尻の両ほおを横切ってすてきな赤いみみず腫れを残しました。 私は最後に、彼に3発の強烈なストロークを与えて、そのあと彼を休ませました。
 私は彼にベッドを用意させました。そして私はみみず腫れの上に若干のベビーローションをこすりました。
 私はケンに対して、彼を懲戒しながら、彼のことをどれほど誇りに思っているか、優雅に語りかけました。私は彼をいかに深く愛しているか、そして、彼が厳しい鞭打ちに耐えたことがどれほどうれしいか、言いました。ケンはその夜、もうひとつ素晴らしいことを言いました。彼はセーフワードを使う気がなかったということです。なぜなら、彼の限界を知っているだろうと私を信頼していたからだというのです。

 私たちが家に戻ったとき、私たちはケンのオルガスムを支配する最も良い方法を論じて次の数週間を過ごしました。私の喜びのために、ケンは何かの助けを借りなければイクのを我慢するのが困難なことを認めたのです。
 ケンは彼が CB - 2000貞操装置を購入することを提案しました。
 パッケージが到着した日は共に私たちにとってエキサイティングでした。小さい真ちゅうナンキン錠の閉まる音は、支配的な女性の耳には美しい音楽のようです。
 次の数カ月にわたって、彼にいしばしば装置を身につけるように要求し、それを実験しました。
同時に、もし彼の行動と態度が良かったら、ケンが1カ月に2回イクことを許されることに決めました。私は、彼の予定されたオルガスムを減らすことを密かに考えています。彼のコックが完全に私のものである今、ケンは本当にロマンチックで、そしてていねいです。
 数週間前にケンは私に、キーを安全に保管するのにぴったりの、豪華な銀のネックレスを買いました。 私はしばしば饗応されることと思います。今私たちが外に出るとき、私は胸の間に、キーが見えるようにした新しいネックレスをつけて行きます。私がケンのキーホルダーになって、彼はわくわくしているのがわかります。彼がこれほど幸せそうにしていることは今までなかったです。

 私がケンをイカせるとき、私がショー全体を支配していることは非常に重要なことだと思います。ふつう、彼のオルガスムが予定される金曜日には、彼は料理をして、そして私に素晴らしい夕食を供します。私の奴隷が私に足のマッサージを与えて、そして仕える間に、私は1杯のワインと、多分タバコでリラックスします。私たちは、それから寝室に行きます、そしてそこでケンは私に丁寧な全身マッサージを行います。彼はマッサージテクニックの上達に努めています。
 もし私がその気になったときは、ケンに私のプッシーへの、彼の神秘的な舌を使ってのご奉仕を命じます。そして私を少なくとも3回オルガスムに導かせるでしょう。

 私たちは、4本柱を持つベッドを持っています。それは衣類を掛けることもできるように、四隅にフックが付いています。 でも、実際私はそのためにフックを使うことはしません。
 私はまず、ヘッドボードポストにケンの手首を拘束します。 私はそれから CB - 2000の錠を開けます。私がケンのコックに触れる前に、私は常にゴム手袋をはめます。 これは、私がペニスに素手でさわりたくないということのメッセージです。
 彼は我慢させられていたので、瞬く間に股間を固くします。 私は、彼のボールをぎゅっとつかむことから始めるのが好きです。そして、私の個人的なセックスおもちゃとしての彼の立場をからかうのも好きです。 「今度おしりにいいものをぶち込んでやるわ」とか、からかい、私がいつでも好きな男と寝ることができるということを思い出させるのも楽しいです。
 私は定規を使ってペニスにお仕置きをするのが大好きです。 私は定規をうまく使って彼のコックを攻撃します。私はいつもケンの限界をテストしています。 そして、つらい責めに耐える彼を誇りに思います。私はそれから数回彼のコックをしごいて、ぎりぎりのところまで行かせるかもしれません。 しばしば彼をイク寸前のところまで追いつめて、彼に言います。
「ざんねんでした。ここまでよ。」
私の権力で、彼にこうするのが好きです。
  たとえ彼が完ぺきであったとしても、私は彼にイクことを許さないでしょう。彼は彼のオルガスムが完全に私の支配下にあることを知る必要があります。

 私がケンにイクことを許すとき、私は少し、独創的な方法を使おうと思います。私のお気に入りは、こんな風にやります。彼のコックにコンドームをかぶせて、いかせ、コンドームの中を彼の発射物で満たします。 私はそれからコンドームをとって、そして裏返しにして私のストラップオンにかぶせます。 ケンを拘束から解放して、そして彼にひざまずかせて私のディルドーをしゃぶらせるのです。 cocksucking のために素晴らしいトレーニングのように思われます!

 ケンと私2人とも、女性支配ライフスタイルが好きです。 私たち二人は新しい分野を探究することを楽しみにします。

所有物



この体験談は、「所有物」というのがひとつのキーワードになっています。
この男性は、何よりも、自分が「所有物」であることに興奮しているように思います。自分が誰かの所有物であるというのは、この上ない無力感を感じるものです。それがいいのでしょうね。


私は妻に支配され、妻の所有物となっている夫です。私は、彼女を愛し、尊敬していますが、同様に、恐れ、おののいてもいます。

結婚前、彼女は私の結婚生活における地位を明確に規定しました。私は完全に彼女の定めたやり方に従わねばなりません。
彼女は、初めに1年間、私をトレーニングして、そして、次に1ヶ月間私を自由にさせました。彼女にすべてをゆだねる心の準備をさせたのです。

私は今、e-mail を書く、若干の自由を持っています。しかし彼女はいつでも私のe-mailへのアクセスを持っていて、そして私が書くものを見ることができます。もしも私が彼女が許可していないエリアをのぞいたりすると、厳重に罰せられます。
これは私にとって楽しいことではありません。しかし私は自分で自身を監視しなければなりません。彼女は私の監視をいつも続ける時間はありませんから。 時々私は彼女のところに行って、そして私が悪いことをしたかどうか尋ねます。そして彼女は私に、私が悪かったかどうか、そして私を許すかどうかを言い渡します。

私たちは大学時代に出会いました - 彼女は2歳年上でした- そして、その時、彼女は私の体を奪ったのです。
出会った初めに、彼女はセックスの魅力を使って、私を虜にしてしまいました。(その時、私はまだバージンだったのです)その後、彼女はどんどん私をサブミッシブに育てていきました。最後には、彼女の惨めな奴隷になってしまいました。
我々のセックスライフは主に、彼女の歓びと満足のためのもので、彼女がその気になったときだけ、私に喜びを施してくれます。 いつも私の頭の中は彼女のことでいっぱいになってしまっています。 私たちは結婚前に同居したので、彼女は易々と私を思い通りにしていきました。

私たちが結婚したとき、彼女に我々の生活のすべての完全な決定権、支配権を与える契約に、私はサインしました。(我々の財政、家、など、彼女の所有になります)
私の給料は彼女に引き渡されました。そして彼女は楽しみではなく、移動と食事が行えるだけの手当を私に与えました。 彼女は、投資と法律に長け、天才的です。私の給料は適切にに、上手に使われます。 彼女は私に服を着せて、私が何を食べて、そして飲むかを決めます。そして、彼女の思い通り、私は彼女の下働き、従者、そして恋人として仕えます。

結婚契約と許可証は、そのまま夫を妻の奴隷にしました。夫が妻に拘束されることが合法となり、彼女がそれを適用して所有権を持つことになるからです。 私たちの結婚式、それにその夜のベッドでの新婚の契りの中で、私は自分の無力さ、そして彼女の奴隷夫として生きていくことを実感しました。

私の愛する妻は、数年前にブルホイップを買い、私に使っています。これは私も興味を持ちました。
私たちには、このライフスタイルを持つ別なカップルの知り合いがいます。 彼は革職人で、私の妻に合わせた仕様のブルホイップを作ることを申し出ました。そして、それは恐ろしい武器になりました。 それは私に強烈な痛みをもたらすものであり、それについて妻が楽しげに話しているのを聞くのは、私には愉快ではありません。
ブルホイップの叩き初めは、私たちの友人の厩舎で行われました。私は手首を縛られて吊され、足も縛られました。
これは、彼女が望んだことは何でも私にできるということを、私に思い知らせるために行ったに違いありません。私は彼女の夫であり、そして彼女の所有物です。 私の体は彼女のもので、彼女が自由に扱えるものなのです。
私たちのつきあっている友人たちが、座って、そして見守る前で、私を辱めるために妻は私を打ち据えました。 妻はまんべんなく打つために、私に体を回転させることまで要求してきました。 私はその日、本当に涙を流してしまいましたが、ほとんど泣き叫ぶことはせずにすみました。

私は、私の妻のトレーニング摂生のおかげで、頑丈な、筋骨たくましい男性です。 私の妻は同様に、ある程度ボディービルで鍛えており、彼女の肩、背中、そして腕、すべて非常に筋肉が付いていて、しかしそれでも非常に女性的な体です。
私は彼女を敬愛して、そして彼女に私の舌でお仕えすることになっているとき、これは私にとって、素晴らしいスリルです。
彼女は常に革ひも、クロップと、もっとも恐ろしいトウを用意しています。私が奉仕で粗相をすると、尻に厳しくお仕置きをされます。甚だしい無礼があったときなど、本気でCBT(男性器への懲戒)をします。
今はそんなことはなくなりました。でも、私は彼女の所有物なのです。



Female Dominationの、心理的な歓びに満ちた体験談だと思います。
ここまで純粋に精神的要素にすべてを捧げるというのも、ある意味、すごく「変態」といえるのではないでしょうか。

出て行くか、あるいは・・



ストラップオンの体験談です。
途中、「出て行くか、あるいは・・・」と迫られるところが妙に気に入っているんですが。
なお、インタビュー形式になっていて、それ以外の解説は、エリス・サットンさんのものです。


ストラップオン


シンディが、彼女の結婚生活の支配者になったプロセスは、どう見ても普通ではありませんでした。
彼女の夫が稼ぎ手であった時は、彼女は家事をしていました。
シンディーは強い性格を持っています。そして彼女は常に彼女の夫が優秀であることを期待しました。 シンディは美徳とされる辛抱強さを持っていませんでした。
シンディーは伝統的な妻であるために最善を試みました。しかし家庭の中で彼女は自分が仕切るのが一番いいと感じ出しました。

彼女の夫が失業したとき、シンディは再就職しました。それが永久に彼女らの結婚の力学を変えてしまったのです。

「私は、責任ある仕事を任されることで、自分の存在の重みを感じました。そして、周りの大人と協働することのすばらしさに、魅了されていきました。 同時に、男性にも! ハンサムな、頭が良い、面白い男性と私はよくいちゃついていました。 今まで私の夫は私のことほったらかしていました。 この新しい注目のされ方は、私の存在を再発見させ、を生き生きとさせました。 私はもう主婦に戻りたくなんてありませんでした!」

家で、シンディは、夫にいろいろなことを要求するようになりました。

「私は家の中のことについて細々小言を言いました。 何もかもが不満で我慢ならなかったのです。 私の夫は、私が家事をしていたとき以上に、私のますます厳しい要求を満たすために死にもの狂いに働いていました。 彼はひたすらそれをしました。そして私は彼に指示を与える立場に非常に満足していました。 彼は決して逆らいもせず、文句も言いませんでした。私は自分の権力に大いに満足しました。」

やがて、シンディの夫は彼が再就職の口を探そうと思うと口にしました。 彼は家事労働から逃れることを望みました。

「そんなことを許すのは、私は我慢できませんでした。もし彼が仕事を見いだしたなら、彼は再び自己主張しようとするかもしれません。そんなことは許せない、と私は思いました。 それで私は何かいい方法はないかとインターネットを検索しました。 私は劇的な、そして決定的な手段を探していました。 そして、私はストラップオンディルドーを選択しました。」

ストラップオンは彼女が男性のペニスのように形づくられたゴムあるいはシリコンペニスを女性のウエストの周り、あるいは彼女の股の上に装着する道具です。 ペニスの長さと太さは小さなものから大変大きなものまでいろいろあります。 ペニスを身につけている女性の姿は、時には男性をパニック状態に陥れるかもしれません。けれどもサブミッシブ男性にとって、ストラップオンを身につけている女性のイメージは、彼自身が屈服し、圧倒される思いに興奮するものなのです。

「ある夜、子供たちがぐっすり眠ってから、私は夫を寝室に連れて来ました。 私はとことんセクシーに見えました。しかし、態度は真剣で、そして厳しかったです。 私は黒いブラ、黒い革のひざ丈のスカートとハイヒールのパンプスの上に白い透けたブラウスを着ていました。 私は夫に裸になるよう命じました。 彼は、私たちがちょっと変わった方法でセックスをしようとしていると思ったに違いありません。しかし私は別の考えを持っていました。
私はスカートを持ち上げて、そしてディルドーを見せました。 彼が話す前に、私は彼を愛しているし、彼の面倒を見ていくつもりだといいました。しかし、彼の生活の大半は、主夫として、使用人としてあるべきだと言いました。
私は彼に、ベッドのなかで私を満足させられないなら、私の体に触れさせないであろうこと、また、いつでも、私が他のセックスパートナーを探すであろうと言いました。

私のウエストにひもで結び付けられたディルドーをさすりながら、私は彼に、どちらかを選ぶように言いました。
荷物をまとめて、出て行くか、
あるいはベッドの上に四つんばいになって、そして大きく足を広げるか。
私は、生活の中での彼の新しいステータスを象徴するセレモニーをこれから行うつもりだと言い渡しました。
彼は考え直してくれるよう私に嘆願し始めました。しかし私は、四つんばいになるのか、あるいは出て行くのか迫りました。
もちろん、彼は避けられない運命を受け入れ、ベッドの上に四つんばいになって、そして彼のミストレスである私に犯られるポジションを取りました。
私は彼を犯りました。そして私はそれをたっぷり楽しみました。

私の夫は今、従順な家事担当者で、世話人です。 私は週に1度の修正セッションを持ちます。 彼は毎週木曜日の夜に、覆いがないベッドの上に四つんばいになります。そして私は私のリストを再検討します。 罰は、パドルでたっぷり叩くか、時にはディルドーまで使います。」

今までで最も大きい進歩の1つが、女性の支配ライフスタイルの中にストラップオンディルドーの導入でした。 この行為は、たぶんパドルで打ったり鞭で打ったりする以上に、女性を解放しました。 なぜでしょう。 ストラップオンプレーの心理的効果です。女性は、以前の男性の優越のシンボルを、行使する存在になっています。 今や女性は責める側で、男性は受け入れる側なのです。

ストラップオンプレーは精神のセックスです。 女性たちはなぜそれほどそれが好きなのでしょう? それは素晴らしい、そして重要な問題です。 女性のウエストの周りにひもで結び付けられたゴムペニスは、生命がないオブジェクトです。 それで女性が同時に彼女を刺激することができる馬具のタイプを購入しない限り、彼女はストラップオンプレーの間に身体の喜びにほとんど感じていません。 それでも、多くの女性たちが、精神的な刺激と、それがそれらに提供する精神的な喜びのためにそれをすることを好むのです。 この行為の間に起こる、信じ難いほどの「権力交換」(Power Exchange)があります。そして、精神的な刺激は通常身体の喜びが提供することができるどんな陶酔感をも凌駕するものなのです。 それは女性のために素晴らしいセクシュアルな前戯にもなります。

女性たちはそれ自体が社会への主張であるということを見いだしています。 ストラップオンプレーが男性から、彼の男性らしさと男性的な個性を剥奪して、そして普通は彼を攻める女性に、彼の強さと彼の意志を譲渡してしまうのです。 女性は、彼女の男が抵抗を断念するのを感じることができます、そして彼女は彼が服従に溶けるのを感じます。 これは女性に信じ難いほどのパワーの陶酔感を与えるのです。 また、この行為の効果は普通はある程度の時間続きます。 この活動を受け入れる男は彼のドミナントの妻のそばで男性的であることはに困難です。 彼は通常、この行為の後、寝室の外でも、彼女に対しておとなしい、そしてサブミッシブです。




なお、一般に日本では「ペニバン」と呼びますよね。それでもいいんだけど、わざわざ訳し直すのも面倒なのでそのまま「ストラップオンディルドー」としています。女性にはこちらの呼称の方が刺激が少なくていいかなとも思います。

恥ずかしい!




言葉による辱め。あるサブミッシブの夫を、妹の前で辱めます。
それも、ペニスの小さいことを。
私はどちらかというとペニスの小さいことを辱めるのは好きではないのですが(前回書きました)これは、他の女性の前で辱めることで、ちょっと違った興奮があります。



彼は私に服従します。彼は家事をします。彼は私を幸せにするために最善を尽くします。彼は私にとって、完璧な男性です。 でも、考え直してみると、完璧とは言えないかもしれません。彼のコックは小さいです。まあ、完璧な男なんて存在しないかもしれませんが。

私が私の妹の前でこのことを言ったら、ネイサンは赤面しました。 彼が思いもしなかったので、すごく恥ずかしい思いをしているのが私にはわかりました。

「ねえ、あなた、そうでしょ? あなたのコックはとっても小さいのよね?」

ネイサンは、これが彼を辱めるプレーであることに気づきました。 私はときどき彼を辱めるようなことを言います。それに対して彼は口答えしたり言い返したりしないようになっています。けれども公共の場での辱しめには彼はあまりなじんでいませんでした。 辱めのあとには、ほかに誰がそこにいるかにかかわらず、その場でD&Sプレーセッションにつながっていきます。 私は他の人たちの前で、わざと彼を支配しています。

私の妹はそれに協力して、言いました;

「それは本当? あなたのコックは小さいの?」

ネイサンは非常に辱められました。 それは一目瞭然でした。 彼はうなだれて、まるで悪いことをしているのを見られた子供のようでした。 彼はあまりにも恥ずかしくて、妹に答えることができずにいました。

「私の妹はあなたに質問したのよ。 彼女に答えなさい。ネイサン。」

彼は小さな声で答えました。しかし私たちには聞こえませんでした。

「悪いけど、あなたの声聞こえないわ。もっと大きな声で!」

ネイサン、この教養ある、そして才知に長けた男は、今、何も言えずにいました。

「いいかげんにしなさい、ネイサン。 彼女をいらいらさせないでちょうだい。」

「私は小さいペニスを持っています。」彼は最終的にそれを口に出しました。

「はい、そうなのよね。そして、私はそれを我慢させられてるのよね。ちがう? 私はこんなちっちゃいものとメイクラブしなけりゃいけないのよ。
私の妹や友だちに、あなたのとこの夜の生活、どう?なんて聞かれたとき、私の夫のコックは小さすぎて、満足できないわなんて答えなきゃいけない私の気持ち、わかるかしら、ネイサン? あなたは私を女性としてどうやって感じさせるつもり? 答えてちょうだい!」

「私にはわかりません。」

「だめね、わからないのね。 あなたはひざまずいて、あなたと結婚してあげている私に感謝するべきです。 そして、ひざまずいたまま、あまりにコックが小さいことについて、私に謝ってほしいわ。 一人前の男でないことについて謝ってちょうだい。私の妹と友人たちに、私の夫が小さいコックを持っていることについての恥ずかしさに耐えなければならない私に謝ってちょうだい。」

ネイサンは、妹の前でこんなことを言われて、ぼう然としていました。 彼は私たちの前にいやいやながらひざまずきました。そして彼は心を込めて、私に謝りました。しかし彼は私たちを見ることができませんでした。

「ネイサン、謝るときは、ちゃんと私を見なさい。」

彼は恥ずかしい思いをしていました。しかし、私は彼のズボンの中に小さいふくらみを発見しました。

「私は妹に、私が何を我慢しなければならないか、ちゃんと見せるべきだと思います。 あなたのズボンを脱ぎなさい。さあ、はやく。」

私の夫はためらいました。しかし私はそのような状況下で私に従うことを強いるのが好きです。 彼は彼のズボンを脱ぎました。そして、彼がその下にパンティーをはいていたのを見たとき、私の妹は笑いました。 私たちは、彼のはいているシルクのパンティーのことで彼をからかいました。そしてそして次に、私は彼にそれを引き下ろすことを命じました。

「彼女に見せなさい! 私の妹に、私が何を我慢しなければならないか、見せるのよ。」

彼はパンティーを引き下ろしました。彼のコックは勃起していました。

「誰があなたに勃起させていいと言ったかしら? ご覧なさい、ヘレン、勃起させているのにこんな小さいのよ。見てちょうだい。」

ヘレンは黙ったままでした。でも、口を開いたとき、その一言は強烈でした。

「私は今までこれほど小さいペニスを見たことがないわ。」彼女はからかいました。

ネイサンは辱められました。 彼女が言っていたことが真実であったかどうかはどうでもいいのです。でも、最高の一言でした。 不安な思いを弄ぶことができます。

「パンティーをはいて、そして台所に戻りなさい。 私たちは、そんなものをいつまでも見ていたくないから。 さあ、皿を洗いに戻りなさい。」

私は彼を行かせました。そして妹と私は、彼をネタにして、大いに笑い、楽しみました。その夜遅く、私の姉妹が帰ったあと、私は寝室の中で彼を支配しました。そして彼は。私の妹の前で私にされたことで、非常に興奮していました。 ネイサンは恥ずかしい思いをしました。彼はひどく辱めらました。しかし彼は情熱的でした。そして彼は subspace の中に深く入っていました。
私は、ストラップオンで彼を犯しながら、私の妹が彼のコックの小ささを面白がっていたかを思い出させ、彼を辱めました。そして彼はストラップオンディルドーでやられながら、また、小さなペニスで我慢させられている私に謝らねばなりませんでした。
その後、彼は彼の舌で私にご奉仕をしました。そして、彼は私を天国へと導いたのです。

持つべきものは良き友



持つべきものは良き友!
この友だちがいなかったら、この人はドミナとして花開くこともなかったのかもしれません。


リタJから:

親愛なるエリス、私は結局、3年ほど前に、親友の薦めで女性のドミナントのライフスタイルを試みることにしました。私の夫は長い間そのことはあきらめていました。同時に、私は彼がいつも女性支配のウェブサイトを見ているのを知っていました。
私の友人は、彼女自身の女性主導の家庭生活について、私に隠さず見せていました。それを見て私はとくに決心することはありませんでした。私自身がそれを始めるなどとは思いもしませんでした。 私が彼女の家を訪問したときは、いつでも、彼女の奴隷はひざまずいていました。私は、この取り決めの良さも感じていました。

私が夫に、私がそれを試みてみてもよいと告げたとき、彼は極めて幸せそうでした。
けれども私は彼に、もし私たちがこれをするなら、彼が守るべき約束があることを警告しました。 これは本当に真剣にやることであって、その日だけで終わるものではないということです。 そして、それ以降のことをお話しします。

私の友人は私にアドバイスを与えて、そして私が彼を訓練するのを手伝いました。
それを始めてすぐ、私に何かが起こりました。まるで人生が変わったかのようなことです。 私は決して自分がこの新しい役割の中に、これほどポジティブで、強くて、そして力強い感じを得るとは思ってもいませんでした。 私は自分が常に彼の女王として崇拝されることを望んでいたことを悟りました。 私の奴隷であることが彼の願望であったから、これは私のふさわしい地位でした。
そして私はみるみる厳しく、そして真剣になりました。 多分夫がいつも想像し、期待していたD/sファンタジー以上になりました。

彼女は私に、彼の性的な衝動を完全に支配することの重要性を教えました。
そして私は彼のコックを貞操器具にロックしました。 私が私の性的欲求を感じたときは、彼の口にディルドーを装着し、それにまたがるか、または座って、彼に(ピストン運動の)仕事をさせます。彼(の性器)がかまってもらえないままにされることはますます彼を従順なサブミッシブにしました。
今私は彼のコックの支配をとることがいかに重要であるかがわかります。彼は常に私を喜ばせることばかりを熱心に考えているのです。

最初、私は彼を調教するのに、手でのスパンキング、ヘアブラシとベルトを使いました。けれども1カ月以内に私は彼にクロップを味わわせました。親しい友人が私に紹介し、彼女自身の奴隷にそれを使うところを見せてくれました。それは強力で、奴隷をより効果的に調教できることができました。

およそ6カ月の後、再び私の友人たちに勧められて、私は strapon を使うことに決めました。 彼女は親切にも彼女自身の奴隷を使って、私に教えてくれました。そして、私がそれを夫に試してみる前に、私は数回彼を練習台にしました。
私は strapon の見た目と、こみ上げてくる力強い感じにほれ込みました。 長い時間をかけて、私は彼(の穴を)押し広げていきました。そして今、彼は私のお気に入りの大型のdildo を受け入れることができます。

私は同じく長い間に、彼の罰を厳しくしていき、今ではクロップのみを私の毎日のむちとして使用します。
私が本気で彼を罰するか、あるいは調教する時は、スペンサーパドルか、または杖を使います。 罰なのか、あるいはセッションなのかによります。
私は大変体への罰を楽しんで、そしてひどいむち打ちを執行するのに何のためらいもないようになりました。
私は特に、彼がへたりこんで動けなくなってしまうのを見るのを楽しみます。

私は、彼の手を梁か鉄パイプからぶら下げて、懲戒する地下室でのセッションに夢中になっていきました。 彼の足は床に着いていますが、それでもけっこう厳しいものです。

私のトレーニングは成果をあげました。 彼はすべての家事と他の雑事をするようになりました。そして私と私の友人たちの前でひざまずき、熱心に給仕をします。
私は家ではたいていの時、彼をまっ裸にさせておきます。そして彼は非常に従順な、そして私を敬う奴隷になりました。

私はこれほど幸せだったことはありません。そして私たちの結婚は、これほど幸せで強固だったこともありません。

勇気を出して告白



エリス・サットンのサイトに、「サブミッシブ男性のための精神分析」というのがあります。
男性を裸にして、女性がその感じやすいところを刺激しながら、サブミッシブ願望について詳細な質問をしていくというものです。しゃべりながら自由連想みたいになっていくんでしょうね。
実際にこれをやってみたという体験談です。



私の結婚の最初の5年は私が予想した通りでした。
私は新婚の花嫁としての私たちの伝統的な役割であることを楽しみました。
私の夫は私にとても良くしてくれました。そして彼は私を甘やかしました。
私はキャリアウーマンでした、そして私は私のキャリアを楽しみました。
生活は、少なくとも、楽しかったです。そんなとき、私は考えました。
私の優しい夫が彼の性格の隠された部分を私と共有することが必要だと。
それは6年間の私たちの結婚生活を変えてしまいました。
彼は私に、ある衝動を抑えている、しかしそれがだんだん強くなってきていることに心を痛めていると言いました。
私は理解しようと思いました。そして私は彼に打ち明けるよう励ましました。
私は彼に私を信頼するように言いました。しかし、実は私の心の準備はできていませんでした。
彼は最近、女性たちによって支配されたいという彼の願望が強くなり、ドミナトリックスを訪れようと考えていたと言いました。
彼はすでにアポイントメントを取ったが、間際になってキャンセルしたと言いました。
彼は私に誠実であることを望みました。それ故、彼もあえて正直に私に言ったのでした。
彼は私に、この衝動を満足させてはくれないだろうかと尋ねました。
私は自分の耳を信じることができませんでした。
彼の勇気は称賛されるべきものです。
彼はただ正直であっただけでした。しかし、私には性的倒錯者以外の何者でもないと思いました。
私は傷つきました、そして私は激怒しました。
私は私自身を哀れみました。
私はかわいそうな犠牲者を演じました。
よりによって性的倒錯者と結婚してしまったとは。
私の夫は私に本を手渡しました。そして、彼が私に告白した後、いくつかインターネットからの資料を手渡しました。

私がそれらをゴミ箱に投げ入れる前に、本の中に1つの章、そしてインターネットの資料の半分ぐらいを読みました。
私は夫を寝室から追い出しました。そして私はその夜泣きながら眠りました。
私は何週間も彼のことを怒っていました。そして彼は心を込めて謝りました。
彼は毎日私に花と素晴らしいカードを持って来ました。
私は最終的に乗り越えました、そして私たちは和解しました、しかし私は彼を以前のように見ることはできなくなっていました。
私はまだ彼を愛しました。しかし私は同時に彼を以前のように尊敬できなくなっていました。


私たちは和解したけれども、私は心の中に彼への憤慨を持っていました。
それは私の心を呑み込んでしまいそうでした。そこで、私はもう一度話し合うことが必要だと思いました。
今回は私は彼に私に彼がなぜ女性によって支配されることを望んだか説明するように頼みました。
私は多分彼がこれについてカウンセリングを受けに行く必要があるのだと思っていました。
彼は十代の頃から、女性支配の雑誌を買って、ビデオを借りて、興奮していたことを話しました。
それは彼の小さな汚れた秘密でした。彼は誰にも話しませんでした。
彼が私に会う前に、彼は1回もドミナトリックスに会ったことはありませんでした。
彼は、この衝動におそわれたとき、インターネット上のいくつかのFemDom サイトをしばしば訪れたことを告白しました。
彼はそれについて罪の意識を感じていました。しかし彼は彼自身を抑えることができませんでした。
この時は、私は彼の告白が少しは肯定的に受け入れられるようになっていました。そこで私は彼に、私がそれらをチェックすることができるように、彼の大好きな FemDom サイトにブックマークをつけるように頼みました。
あなたのサイト、エリス、はそれらの1つでした。
私はこれらのサイトのいずれも好きにはなれませんでした。
私は自分が彼にこんなことをするなんて考えられませんでした。
私はあまりにも恥ずかしかったので、彼をカウンセラーのところに送るのをやめることに決めました。
私は自分自身でそれをすることにしました。
私は出発点として彼にあなたの精神分析をすることに決めました。
私は白い絹のブラ、パンティー、ガーターベルトとフィッシュネットストッキングと、私の最もセクシーなランジェリーを着ました。
私は彼を、私たちの寝室に招き入れました。そして私は、ヘアブラシを持ち、ベッドの縁に座って、彼を待ちました。
彼はすぐに激しく興奮しました。
私の人生で初めて、人をピシャリと打ちました。
私は一度も、成人した男は言うまでもなく、子供をピシャリと打ったことすらありませんでした。
彼を私のひざにのせたとき、私は最初少し気味悪く感じました。
私は思いました。「彼はなんという性的倒錯者なのでしょう?」
けれども私は本当にすぐにそれに慣れました。
私は、私が本当に彼を攻撃し、そして彼が直ちに慈悲を乞うていることに、怒りを感じました。
終わったとき、私は彼の尻に痣を作っていました。
そして次に、あなたの精神分析でするように、私は腕の中に彼を抱きしめ、愛しました。
私は非常に慈愛に満ちていました。そして私は彼にあなたの精神分析のすべての質問をしていきました。
それは啓発的な経験でした。そして私は私自身それを楽しんでいるのを見いだしました。
それは私たち二人ともでした。そして私たちがその夜特別な形で結びついているのを見いだしました。
それはとてもロマンチックな経験でした。終わったとき、私はこのライフスタイルを試してみようと決めました。
私は彼に、まだ50/50の結婚生活を欲しているし、寝室の中だけでやってみるということを言いました。
この状態は、この後2年の間続きました。
私は、私たちが楽しみ、性生活が100%改善したことを認めます。
私はいくらかの革の衣装と、他に革パドルを買いました。
私が初めて革の衣装を着たとき、自分自身セクシーで、そして力強く見えました。
私は寝室の中で、本当に私たちの特別な時を楽しみました。

問題は寝室の外の生活でした。
私の夫はそれほど強引でなくなってきたのに対して、私の方は、どんどん強気で高飛車になっていきました。
口論が増え、私たちの関係は緊張が高まりました。
物事を決めるのは彼でした。でも、それが私には我慢ならなくなってきたのです。
私はどうしていいかわかりませんでした。
また、私たちが寝室でしていたことについて、私は罪の意識と戦っていました。
私は堅物でした。そして私は他の人たちが私たちが何をしていたか知られることを恐れていました。
私たちは通常のよく教会に行きます。そして私は日曜日の朝と水曜日の夜に教会に行きます。しかし革を身につけることと、月曜日と金曜日の夜に私の夫をピシャリと打つことについて罪の意識を感じました。
私は異常な性的倒錯者として私自身を見始めていました。
私は私の夫のほかの誰かとこのことについて相談する必要があることを感じました。しかし私は別の誰かに私たちの秘密について知らせることを恐れていました。
私はあなたのサイトで、同じ嗜好を持つ他の女性を紹介してくれるサービスがあるのを見ました。
私はあなたに手紙を書きました。そしてあなたは私の電子メールを同じ州に住んでいる女性に転送しました。
私たちはお互いに近くはありません。しかし私たちは e- mal によってコミュニケートしました。そして彼女は私に彼女の電話番号を教えました。
私の夫が家にいなかったある夜、私は彼女に電話をしました。そして私たちは何時間もおしゃべりをしました。
私は私の争いについて彼女に話しました。そして彼女はそのことがよくわかっていました。それは、何年も前に同じことを体験していたからです。.
彼女は、彼女の夫との関係、彼女の夫がどのように彼女の24時間/週7日奴隷として生活しているかについて私に話しました。
私は彼女が夫にすると言ったことが信じられませんでした。しかし私は彼女と一緒に話していて、とても心地よかったです。
彼女は弁護士でした。そして私は彼女を尊敬せずにいられませんでした。
彼女は私にゲームをするのをやめて、そして本気で女性の支配に取り組むよう勧めました。
彼女は私に、まずは丁寧にあなたのサイトを読むように言いました。
彼女は私に前進して、そして寝室からライフスタイルへと発展させるよう励ましました。
このタイプの結婚にはたくさんの利益がありました。そして彼女は私に、私がその利益に気づくべき時だと言いました。
私に衝撃的だったのは、彼女が、もっと私は利己的になるべきだと言ったことでした。
私は結婚生活の中で、彼女のように利己的に夫を使うのは正しいことだと思えないと言いました。
彼女は真剣になりました。そして彼女は、私が夫を支配することによって、彼が必要とするものを与えていくことになると説明しました。サブミッシブ男は、彼の妻が利己的であることを望むから、結果的には、私は利己的でないでしょう。
それは彼に満足感をもたらすものです。
彼女が私にこれを話したとき、、それは稲光が走ったようでした。
私は納得しました。そして私はこのライフスタイルすべてに満足しました。
彼女は正しかったです。私の夫は私にこれを初めて経験させた人なのです。で私は罪の意識など感じるべきではないのです。
私は推し進める決心をしました。
私の夫が家に帰ったとき、私は私の革衣装の1着を着て待っていました。そして私は彼の尻をパドルで打ちながら、これから私が結婚生活の全権を握るということを告げました。
私は彼に、今から、彼は私の奴隷となり、私の言葉が我が家の法律であると告げました。
それは2年前でした。そして私たちは好調期と低迷期はありましたが、私は今完全に家庭生活を支配します。
私の夫は寝室の中でも外でも私に仕えます。そして私たちはとても幸です。少なくとも私はそうです。
彼も同じくです、しかし彼はまだ私たちの財政のような若干のエリアで私に従うことに抵抗します。
私たちがどこかに行くとき、今私が運転します。そしてかれはそれを嫌がります。
私はテレビのリモコンを押さえます。そしてそれを彼は嫌がります
私は彼にたくさんの雑用を割り当てます、そして時々それを彼は嫌がります。
私はすべての決定をします、そして彼は抵抗します。
それでも、私が彼に、彼が幸せであるかどうか尋ねると、彼は愛と献身に満ちた瞳で私を見ます。そして彼は彼がこの取り決めに非常に満足していると言います。

私の夫は家事の大部分をします。そして私は決定をして、そして金銭管理をすることが非常に楽しいことに気付きました。
私はもう堅物ではありません。私は私たちの支配セッション / 性生活に、ストラップオンプレープレー、ゴールデンシャワー、厳しい調教や性器への拷問なども取り入れています。
私たちは貞操器具、オルガスム否認、あるいは寝取られ男にすることはやっていません。
私は彼のオルガスムを監視して、そして制限します。しかし、彼が従順であるならば、私は非常に寛大です、そして私たちはまだ通常の性交も行っています。
私は結婚している女性にとって不道徳な行動であるように感じるので、彼を寝取られ男にすることに対しての興味を持っていません。しかし、私の夫が家に留まって、そして彼の雑事をする間に、私は私のガールフレンドと一緒に週1夜外に行きます。
私たちは通常ちょうど食堂に行きます、そして映画を見る、あるいはラウンジで音楽を聞くかもしれません。私が夫なしでガールフレンドと一緒に外出するということが痛快です。


彼は非常にしっと深くて、そして私の時間に口を出したものでした。しかし私はこれについて彼を戒めました。
私は自由になった女性のように感じます、そして私は同じく結婚を楽しむ女性のように感じます。



この体験談もなんか好きです。
勇気を出して告白したのが報われたわけですね。案外こういうのはあるかもと思います。

Fifi



見事な役割逆転の体験談です。


ジャニスMから:

どうも、こんにちはエリス、私は最近友人によってあなたのウェブサイトについて聞き、そしてひと目見ることに決めました。

私はそのクオリティーに感銘を受けて、そして同時にそれほど多くの女性の支配サイトが存在することに驚いています。 私は最終的に勇気を奮い起こしてあなたに私の体験談を送ることにしました。

14年間の結婚の後、ついに数年前、私たちの関係はに「緊張状態」になりました。 私たちは共に40代後半です。 彼は会社を解雇され、彼の職業の性質上再雇用の希望はほとんどありませんでした。

私は自分で装飾ビジネスを運営し、成功していました。そして、私は唯一の稼ぎ手になりました。 私たちのこの状態は、私たちの人間関係、性生活にも大いに影響を与えました。 私たちの状況を解決する最後の試みとして、非常に率直な論議をしました。 手短に話すなら、彼は女装願望があることを見いだし、同時に私もそれに興味があるということがわかったのです。そして、それを実行してみたのです。今、私たちはすてきな関係になりました。

彼は男性の服を持っていません。そして、完全にメーキャップし、かつらをかぶり、女性の下着を着て、ずっと彼の「ファンタジー」であったフレンチメイドの服を着ます。 そして、詳しい人は知っていると思いますが、シームレスストッキングを必ずはきます。 彼の体毛はすべて取り去られました。そして、私が彼に自慰をさせようと思ったとき、あるいは衛生上必要があるとき以外、彼は貞節装置をはめられています。

私は定期的に、彼にストラップオンディルドーを使います、そしてしばしば彼を奴隷の身分にさせます。 私は彼を「Fifi」と呼んで、そしてしばしば彼に彼の、唯一の人生の目的が私のお手伝いであるということを思い出させます。 Fifi はどこをとってもまったくセクシーなフレンチメイドのようです、そして私は私自身、最初から男でなく女性であったように感じてしまいます。

考えられるあらゆる家事が Fifi によって行なわれます。ひざまずいて、私の友人たちと私自身の給仕、接待をします。Fifi は常に「口唇の」サービスの用意ができています。
私は何年もの間、食事を作ったりアイロンをかけたり掃除をしたりしていません。

Fifi は「彼女」のライフスタイルに明らかに満足して、そしてまったく変わることを望んでいません。 私自身、ミストレスであることが好きです。 私は(Fifi の認識と承認で)完全な性生活を持っています、そして私の友人たちの若干が私のライフスタイルに気付いていて、そしてうらやんでいます。

私たちがまったく異なった、そして時々別々の生活を送るけれども、私たちは共に幸せで、そしてお互い愛し合っています。私はもっと前に話し合っていればよかったと思います。た

おあずけ



久々の体験談です。


2月23日水曜日:

私は仕事から家に帰って来ました、そしてミストレスはコンピュータの前にいました。 ミストレスは今週第2シフトで働いています、そして彼女は始業1時間目に家を出ればいいことになっていました。私は服を着替えて、そしてジムに行く準備をします、しかしミストレスが私に寝室に来るよう命じました。 彼女は性的に興奮していました。そして、仕事に出かける前に、私が彼女を楽しませることを望んでいました。

私はベッドの上に横になりました。そしてミストレスは、ブラとパンティーだけになりました。 彼女は私の上に登って、そして私の顔に彼女のプッシーを押しつけてきました。 彼女は私に、パンティーを通して彼女の芳香をかぐことを命じました。 彼女はセクシーな、官能的なささやきで話をしました。そして彼女は私に、彼女の香を味わうように言いました。 その後、ミストレスは、彼女のパンティーをなめて、彼女のパンティーを通して彼女のプッシーをなめることを命じました。 私はその通りしました、そしてミストレスは興奮してきました。ミストレスが彼女のブラから彼女の胸を出して、そして私の手をその上に置きました。 彼女は私に、彼女の乳首をつまむことを命じました。 彼女はそれを激しくされることを望みました。

私が彼女のプッシーをなめながら、胸を愛撫しているうちに、ミストレスは激しく興奮してきました。 ミストレスはその後、私に信じられないような驚きを与えました。彼女は本当に彼女のパンティーを脱いで、そして、私のペニスを彼女のプッシーに滑り込ませたのです。最後にそれをしたときから、6カ月以上たっていました。 その暖かみと歓びは、言葉では言い表せません。 ミストレスは私に、腰を動かすよう命じました。私は起きていることが信じられませんでした。 私は彼女とセックスし始めました。そしてたった2回腰を突いただけで、私は粋そうになりました。 喜びはあまりに激しすぎました。私はこのような喜びには慣れていませんでした。 ミストレスはそれを感じると、すっと私の上から腰をひいてしまいました。私はがっかりしました。 ミストレスは、たった2回のピストン運動しか私に許しませんでした。それは、私が粗相をした過去を思い出させました。

ミストレスは、私がいかにセックスに不器用であるかを私に言い聞かせました。 彼女は私を口唇によるサービスに熟練するよう訓練しました。しかし彼女とセックスすることに関しては疎くなっていました。彼女は私が彼女の中で耐える能力がいかに不足しているかということを私に話しながら、心なしか表情は楽しそうでした。 私は彼女に、もし私が今よりもしばしばこの特典を許可されるなら、私のパフォーマンスが改善するであろうと説明しようとしました。

「ナンセンス、そんなの最悪だわ」と彼女は言いました。そして彼女は私の舌で彼女を楽しませることを命じました。 私は彼女の腿の間に行きました。そして私は彼女を何度もオルガスムに導きました。 私が口頭で彼女の clit を刺激していると、ミストレスは私の指も使うよう命じました。 私が彼女の clit をなめ、そして吸いながら、私の3本の指を、私のペニスであるかのように、彼女の中に挿入しました。ミストレスは同時にこれらの感覚の両方を感じることが好きです。そして彼女は深い、長い、そして激しい爆発的なオルガスムを得ました。彼女は私に、最後ののオルガスムに達するまで舐め続けるよう命じました。 最終的に、彼女は私に彼女の愛液すべてを舐め取ることを命じました。私は1滴もこぼさずそれをしました。

ミストレスがそれから、彼女のパンティーで彼女自身をきれいにふきました。そして彼女は夜の残りの時間、私がそれを穿くように私に与えました。 私は彼女のずぶ濡れのパンティーをはきました。そして彼女の濡れた部分は私の垂直のペニスを包みました。いつものように、私にはオルガスムはなしです。

ミストレスがシャワーを浴びて、そして仕事のために準備をしました。 私は夜の間行うべき私の仕事に精を出しました。


お預けっていうのもまたちょっぴり興奮します。でも、ここまでやられて、この人、奥さんが出かけた後、本当にがまんできるんだろうかって思います。
私だったら、正直、がまんできません!自分で出してしまうと思います(笑)

立合人


 
体験談です。
18年間FemDomに関心を示さなかった、というよりは拒み続けてきた妻が、「プレイ」としてのFemDomではなく、「関係」としてのFemDomを知り、変わってきました。女性が男性を支配する人間関係に、次第に興味を示すようになったのです。インターネットでFemDomを深く知るに従って、いよいよ妻は本気で夫を支配しようと決意します。
 
 
 
クリスマスの後、私たちの2人の娘が家を出て行った後、妻は、私たちの新しい関係をスタートさせました。
彼女はすべての(FemDom関係の)雑誌、ビデオ、DVD、を要求しました。 たいした数ではありませんでした。しかし私は彼女に私が持っていたすべてを渡しました。
 
彼女はその後、彼女が(すでに)作成していた契約書を私に手渡して、そして私にじっくりそれを読むように言いました。 私はそれに署名するように要求されるでしょう。
それは私がすでに話していたものばかりでした。
すべては彼女の名義の下に置かれます。
家、自動車、他の資産、銀行預金口座は彼女の名義に変更されました。 実際私たちが共同の所有権だったものが、すべてが彼女1人のものにされるのです。
私は予備の寝室に移されるはずでした。 彼女は寝室を占有するでしょう、彼女が私にそうすることを許さなかったなら、私はもう妻と寝ないでしょう。
彼女は永久に私のものとなるであろう家事仕事のリストを説明しました。あなたがイメージするすべての下働きの仕事です。料理以外のすべてです。妻は優秀なコックで、そしてそれを探求することを楽しみます。 彼女は料理のほとんどをするでしょう。 もし彼女がそうしたい気分でなかったら、私がそれをするでしょう。 彼女が1ヶ月にどれぐらいお金を使えるかについて、設定しました。私にもほんの少し割り当てられました。
その他に、彼女が他の恋人を作ることができること、私にはそれが許されないこと、そしてマスターベーションは許されないことが条項として加えられました。 彼女は貞操装置について話さなかったけれど、それを買わなければならないとしたら、失望することでしょう。
契約書は2ページでした。 私は2回全部の文書を読みました、そして私は彼女の願望に従うことがうれしかったです。
 
「私はこれにサインすればいいのですか?」
私は尋ねました。
「そうよ。でもそれはまだ。誰か立合人が必要だから。」
彼女は、微笑みながら私から書類を取ると、行ってしまいました。
 
1時間かそこら後に、私はスイミングプールをきれいにしていました。そして妻は私に、買い物に行ってくるから、帰ったら入れるよう風呂の用意をしておくようにといいました。 隣家にまで聞こえるような大声で私に命令したので私はどぎまぎしてしまいました。
 
彼女は買い物から帰ってきて、入浴しました。
彼女はやがて浴そうから出て来て、そして、彼女に客があるから、私に彼女の使った後の湯を使って、そして私自身をきれいにするように言いました。 私は浴そうを使い、そして彼女の客間をきれいにしました。 それから私は自分の服を着ました。
 
私が客間に戻ったとき、妻があまりに美しく見えたので、私はぼう然としました。 彼女は最近新しい髪型にして、新しい服を着て、すばらしく決まっていました。 彼女はちょうど黒い絹のブラウスと彼女のひざのすぐ上に縁かがりした黒いスカートを買ってきたところでした。 彼女は私が知る限り、一度もストッキングを買ったことがありませんでした。しかし私は、彼女が最近買って、今それを身につけていたことに気づいていました。

「あなたはなんてステキなんでしょう。」
私は言いました。 彼女は、それほど称賛を受けてきませんでした。 私は、彼女の何かが変わったのを感じました。
彼女は微笑して、そして私にちょっとおどけた顔をしました。
「はみ出したりしてないかしら?」
「私たちは外に出るのですか?」
「私は外に出ます。 あなたは行きません。」
それは私が彼女の支配を感じた最初のときでした。
私は抗議しかけましたが、何かが変わろうとしていることに気づきました。これは私が欲したものではなかったか?と思いました。
 
「私は30分ぐらいちょっと外出するだけです。 私がいない間に、私はあなたが自分自身をそることを望みます。 あなたは私が何を言ってるのかわかりますね。 全身です! 私が戻るとき、私は私があなたが何を身につけていることを望むかわかっていると思います。」
そして彼女は私を置き残して行きました。
私は私のごく小さい部屋に戻ってあてもなくさまよって、「キャシーのもの」と彫られた金属板のついた首輪と、小さい1着の白い絹のパンティーを発見しました。
私は次に、バスルームに入って、そして私のすべての体毛をそり落としました。 幸いに私は 残っていた除毛クリームを発見しました。 私は私の体毛が素早くクリームで取り去られたのに驚きました。
私は排水口をふさいでいた髪を取り去って、そしてバスルームを片付けて、そして私の部屋に戻って、そして妻が私のために用意した衣類を着けました。時間はかかりませんでした。 パンティーはあまりに小さくて、私のものをすべて覆い隠すことはできませんでした。 私は私の首の周りに首輪をしっかり留めて、私がどれほど長い間、私のミストレスの帰りを待たなければならないであろうかと思っていました。
 
長い間待つ必要はありませんでした。しかし私を驚かせたのは、彼女が1人ではなかったということでした。
私は2人の Cath の女性の友人たち、カレンとジャニスの声を認識しました。
これは私を興奮させて、そして同時に私を怖じ気づけさせました。妻はとても楽しそうな様子で、私の部屋に入ってきました。 彼女は女友達と昼食を取り、軽く飲んできたと言いました。
 
「さあいらっしゃい。あなたに会って欲しい人がいるから。」
彼女は私の首輪の革ひもをしっかり留めました。そして私は彼女の後ろについて、外に這って出ました。
私はおよそ10年間カレンとジャニスを知っていました。 カレンは2年前に離婚した、背が高い魅力的な金髪でした。 彼女はほがらかな面白い女性です。そして私は彼女がジャニスと一緒に冗談を楽しんでいるのが聞こえました。
 
私のミストレスに伴われて、私が入っていくと、部屋の中の女性達は、笑いをやめました。彼女らは、私と同じぐらい不安なように見えました。
 
「おお神よ!」
ジャニスは叫びました。
「私たちはここで何をするの?」
私はこの瞬間まで、男らしい男で、すべてを仕切る男だと思われていました。 なんとまあ勘違いであったことか?
私は彼女らの前に四つんばいになってひざまずきました。そして頭を下げました。誰もまったく言葉を発することができませんでした。
 
その時妻が沈黙を破りました。
「この娘が私の私の新しい夫よ。. ラリー、カレンとジャニスにご挨拶なさい。」
私は2人の困惑した女性を見上げて、そして
「こんにちは」
と言いました。
「ラリーは私の奴隷になりたいのよね?」
「はい、ミストレスキャサリン。」
私は静かにもぐもぐ言いました。
「ゴメン、よく聞こえなかったわ。」
「はい、ミストレスキャサリン。」
私はもっとはっきりとした声で繰り返しました。 2人の女性は一度もこんな光景を見たことがなかったので、信じられませんでした。
「本当なの ? 」
ジャニスがききました。
「もちろんよ。」
妻は彼女にそう言うと、そして彼女に私たちの契約のコピーを手渡しました。
私は女性たちの前にひざまずきました。ジャニスそれからカレンが妻が作成した契約書を読む間の沈黙は、部屋の中で耳をつんざくようでした。 私は起きていることが信じられませんでした。 何年もの間私はこのファンタジーを持っていました。そして今それは私の前に展開していました。しかし私は性的に興奮しているように感じませんでした。 私は本当にぶざまに感じました。しかしこれは私が欲したものでした。 そうではなかったか?
 
「おお、おお。」
カレンは最後に言いました。
「あなた、誰か別人なんじゃないの?」
私は、カレンが今まで私をどう見ていたかがわかりました。
 
契約書は最終的に妻に返されました、そして Cath は私にそれを手渡しました。
「それにサインしなさい。」
私のミストレスは命令しました。 彼女は私にペンを手渡しました、そして、私が書類をサインするのを、3人の女性は見守りました。 Cath はそれに署名しました、そしてジャニスとカレンは私のサインを目撃しました。 サインされた契約書はそのあと妻に返されました。そして彼女はそれを折って、そして封筒に入れました。
 
「よろしい、しばらくプールに行くわ。 洗濯するものがかかっているから洗いなさい。それからアイロンをかけるものもたまっているわね。?」
妻は命じました。
「はい、ミストレス。」
私は返事しました。
「私はこれからはあえて言わないことにします。 言われなくてもやるのよ。 いいかしら?」
「はい、ミストレスキャサリン。」
「仕事を始める前に、パンチと水差し、それにグラスを3つ、プールサイドに持ってきなさい。」
「はい、ミストレスキャサリン。」
私は従順に返事しました。
女性たちは着替えるために妻の部屋へと行きました。そして私は私の仕事にに取りかかりました。
 
こうして私の新しい生活がはじまりました。 なにも驚くようなことはありませんが、私たちは女性支配の道を歩み始めました。でも、私たちは始めたばかりでした。

私はいつか、妻に手記を書くように頼むでしょう。 私は彼女がどんな風に書くかとても楽しみです。
 
 
 
私は実は「契約書」ものが好きです。資産がすべて妻名義になるといった、不公平な関係が文書で確認されるというところに非常に興奮してしまうのです。おかしいでしょうかね。でも、これってすごく危険な感じがして自分でも恐いのです。
妻の女友達の前で、パンティーと首輪だけを着けてひざまずく屈辱もたまりません。
SMではないけどかなり過激なFemDomだなあと思いました。
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Author:kaisub
既婚のサブミッシブ(M)男性です。

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